カランダッシュ
「Nがカランダッシュのボールペンを買ったそうヨ」とMが言う。母親と娘の電話会談でそんな話が出たらしい。
私がカランダッシュのボールペン愛好者で、Mも私の勧めに応じ同じ仕様のボールペンを求めている。そんなことを踏まえての会話である。
私がカランダッシュのボールペンを手にした経緯はかなり古い。購入したのでなく“おみやげ”として頂戴した。
昭和50年の事である。もらった相手は“Buhler(ビューラー)”というスイスにある会社。勤務先の会社がビューラー社から機械を買うことになり、操作法や関連技術の習得に出張した時のことである。同行者は私を含め4人であった。
10日余りの実習であった。帰るにおよび贈られたみやげがカランダッシュのボールペンとウェンガー製のアーミーナイフである。両者とも“BUHLER”という社名ロゴが刻印されていた。
(メッキも剥げ落ちたボールペンとナイフ、両者刻印が見える)
すこし余談;実習ののち私以外の3人はそのまま帰国。私ひとり米国での技術研修会に参加した。スイスは永世中立国を宣言しているだけに当時入出国の検査は極めて簡便、無いに等しい。みやげのボールペンとナイフをカバンに収め何事もなく出国した。
アメリカに着き入国検査の時である。カバンを開けられナイフが見つかった。別室に連れていかれ20〜30分問い詰められた。みやげにもらったもので怪しいものではない、と不得手の英語で説明しやっとのことで解放された。
本題に戻る。
もらったボールペンは鉛筆のように本体部が六角形をしている。普通の鉛筆より一回り太い。質感もあり、手に馴染みやすい形状である。そして特筆すべきは書き心地の良さ、インクの出が誠に滑らかである。他のボールペンでは定規に当てて線を引く時など、ペン先にインク溜まりの粒が生じる。ところがこのペンではこの現象が全く起きない。
仕事上は勿論日常の生活においても、ボールペンを使用する場ではこの刻印入りボールペンを使用するようになった。
爾来30余年、このボールペンは私の手元にある。
そうは言うものの、失くしたと思うことも無いではない。
勤めていた頃のことである。2〜3月手元から消え失せた。「今度こそ」と思った。ある時別の課の事務所で話をした。側に机があり引き出しが開いていた。引き出しのトレーに鉛筆など文房具が無造作に置いてある。その中に“BUHLER”の刻印。「ここにいたか」と思わず声が出るほどであった。愛用品の説明をし、戻してもらったのは言うまでもない。
こんな感じで、失くしたと思っても不思議に出てくるのである。
愛用と言いつつも、当初私は「カランダッシュ」という名前を長い間承知していなかった。
このボールペンのインク量は多い。後年何かで読んだ気がするが、10Kmの長さの文字が書けるという。私の使い方では2〜3年インクが保つ。インクの存在を忘れた頃インクが無くなる。
初めてインクが無くなった時は東京は駒場の社宅に住んでいた。近くの文房具店では合うインクは無いという。東急渋谷店の文房具売り場でインクを買い求めた。ペンのメーカーが「カランダッシュ」ということを承知したのはその時である。
Mがカランダッシュを求めたのはおよそ15年前になろう。富山市の繁華街の文房具店であった。何か他の用事で出かけ、衝動買いで求めた。側面に彫られた模様まで全く同一の仕様のものである。
さて今回この雑文を記すにあたり、インターネットで調べてみた。カランダッシュはCRAN d’ACHEとつづりロシア語で「鉛筆」の意味という。1924年ジュネーブで創業を開始した。「ボディの形状は六角形、このスタイルはカランダッシュが創作した」と記載されている。
私やMが求めたのは「エリクドールコレクション、シェブロン シルバー&ロジウムプレート」と言い、1953年(昭和28年)に発売を開始したモデルという。デザインを含め全く同一の仕様のものを、50年余を経た今日でも売り続けていることにスイス人魂を見た気がするのである。