喫煙/禁煙
最近テレビで2本の映画を見た。1本は平成時代に入ってからの邦画で、もう1本は昭和40年代に撮られた洋画である。この2つに何の脈絡はないが、妙な点に気がついた。
平成期の映画では、主役の男性を含めタバコを吸うシーンが一度もない。一方、洋画の方はヒーロー他がしきりにタバコを吸う。立ち込める煙に斜めの光が当たったりなど、タバコが背景の雰囲気を高める役割を果たしている。
タバコの位置付けの変化というかその地位の凋落振りを、映画を通じて改めて認識し直した。
私(K)は、生まれ故郷の高校に通った。田舎の学校のため、普通科、農業科、家庭科が各1クラス。したがってクラス替えが無い。1年から3年まで同じ顔ぶれ、男女仲良く楽しい高校生活であった。近くの町(八色石のある町など)からの生徒は寮か下宿の生活である。彼らの部屋を含め生徒の家に集まり遊んだ。酒はしばしば飲んだが、何故かタバコは吸わなかった。
大学は工科の単科大。同級生は皆男性。友人の多くはタバコを吸ったが、何故か私は吸わなかった。タバコに対する禁欲的な考えがあった訳でもない。貧乏学生でタバコを買う金がなかったのか。ただ、そんな意識の記憶もない。
タバコを吸い始めたのは会社に入ってからである。昭和40年代初め頃の会社では、軍隊上がりの人が現場に居るのも珍しくはない。私の配属先に金型を整備する部門があり、その長がやはり軍隊経験者であった。厳しいことも言うが可愛がってももらった。その人が「大学も出ているのにタバコも吸えないのか!私が教えてやる」という。
すぐに愛煙家になった。「百日好」でふれた国安さんも超ヘビースモーカーであった。「いこい」の愛好者。オレンジ色のケースの底を押し上げ、タバコを取り出す仕種が今でも目に浮かぶ。私の銘柄は当時発売間もないハイライト。お互いのタバコを勧めあって、打合せなどした。
タバコは私の体に合っていたのかもしれない。多くの人が風邪など引くと吸いたくなくなるというが、私の場合、タバコを不味いと思ったことが無い。
タバコが健康に悪いと「証明」されて以来、愛煙家にとって時代は少しづつ暗くなる。作業現場で、事務所で、乗り物で、じわじわと喫煙場所が減少してゆく。「真綿で首を絞める」というが正にその感じだ。
周囲に、禁煙に成功したと自慢そうに話す人も出てくる。
こうなると、愛煙家を自認する私も心が揺らぐことになる。
40歳代の前期であろう。きっかけは思い出せないが禁煙にチャレンジした。つらい思いをしながら、3ヶ月くらい耐えた。
当時産業界では、生産部門を海外にシフトする動きが出始めた。勤めていた会社も例外ではない。当然海外渡航者が増える。外国産タバコが目に付くようになる。ある朝、他課の事務所を訪れた。ミーティングテーブルの上に珍しいタバコが放置してある。
「どんな味?」と頭をかすめる
「アブナイョ!」と思うが
「1本くらいなら」とつい口にくわえる。火をつける。後は止め処がなかった。
それ以降、記憶では3回の禁煙チャレンジがあるが、いずれも100日程度で敗退した。
イギリスの宰相チャーチルであったと思うが「禁煙ほど楽なものは無い。私など何十回もの経験がある」という言葉を、都度思い出した。
50歳代になってからは、禁煙は最早無理と思い始めた。そうなると世の愛煙家と同じ屁理屈を言い始める。曰く
「痴呆よりガンで死ぬほうがマシ・・・」
「すでに30年吸い続けた。いまさらやめても・・・」
「環境因子より遺伝因子の方が強い・・・」
平成12年、腰の大手術をした。この時医者から6ヶ月の禁煙を言い渡された。さすがに、医者の言う事は聞かざるを得ない。ひたすら6ヶ月を待ちわび、手術日から数え181日目から吸い始めた。
私には2人姉がいる。上とは10歳、下とは6歳離れている。下より上が、健康に係わることでは特にうるさい。会うたび、種々の例を引きつつ「酒は良い。タバコをやめよ」と厳しくせまる。10歳上はこちらがいくら年を重ねてもやはり10歳上。小言に感謝はしつつも「またか」と内心は思うのである。
平成18年5月8日は62歳の誕生日。第2の勤務先邑南町社協もすでに退職していた。Mと二人きりの生活が始まっていたが、どうやら私の誕生日は忘れているらしい。
それなら
「62歳の記念イベントとして禁煙でもしてみるか」
とフト思いついた。
その日は裏山の歩道作りに出た。タバコは持たない。朝からすでに何時間か過ぎているが、左程きつくもない。昼食をとり、また山に出る。午後3時頃急に吸いたくなったが思いとどまった。
こんな簡単な経緯でタバコを止めた。
タバコに対するMの態度は鷹揚である。私が酒に酔い、畳を焦がしたときなどはさすがに烈火のごとく怒ったが、平素はあまりうるさくない。結婚した時はすでに喫煙が始まっていたから、タバコに対する神経が麻痺しているのかも知れない。
この麻痺症状は喫煙のみならず禁煙に対しても現れた。
私の禁煙行為に対し2〜3日気が付かないのは不思議でないが、1週間経ても何の反応もない。2週間しても何も言わない。禁煙をあるがままに受け入れ、特段言葉での表現は不要と思っているのか、と私も敢えて「禁煙」の話は出さない。
ほぼ1ヶ月経った6月初旬、2人同乗の車で広島に出た。途中のサービスエリアで缶コーヒーでも飲むかと車を止めた。
Mが言う「タバコでも買うの?」
K「1月前から止めてるョ」
少しバツの悪そうな顔をしながらも「チットも知らなかった」とM
2人分の缶コーヒーのみ求めてSAを出た。
2ヶ月位後、上の姉が我が家に来た。30分も経たないうち「カッチャン タバコ止めたの?」と気が付く。さすがに健康生活指向者と感心するが、その後は注意の矛先が“酒”になり、会う度あるいは電話の度「飲みすぎはダメ。週3日は休肝日を」と強く迫り来る。もはや酒は止められそうにない。姉の小言に耐える日が続く。