雑木並木の行く末

 平成19年9月ころの事である。農業委員のIさんが突然我が家を訪ねて来られた。少し雑談の後
 「思ったより多く植えてありますネ。何の木ですか」と口を開かれた。
 雑木並木の事である。
 ほめ言葉と受け取り「山桜、水楢など雑木ばかりです。何せ人力なので移植が大変!」と、調子に乗って答える。
 「雑木ばかりですか、実のなる木は無いのですか・・・」とIさん。心なしか口調も重い。
 どうもほめ言葉ではないらしいと気がついて「何かありました?」とこちらから問い返すと。
 「風の便りで・・・」と、話され始めた。

 少し余談。IさんとMは遠い親戚にあたる。Iさんの奥様とKは社協勤務時代同じ職場であった。さらに、当HPでリンクを貼っている『万年山文庫』のマスターはIさんの兄上になる。ということでIさんとの因縁は浅からぬものがある。

 本題に戻ろう。Iさんの話を要約すると次のようになる。
  ・農地法の定めによれば、田圃や畑(農地)に植樹することは出来ない。
  ・樹木であっても、果物など実が収穫できる木であれば植えることができる。
  ・どうしても雑木など植えるのであれば、「農地」を「林地」に変える転用手続きが必要となる。
  ・もし、当該地が町の定める「農用地区域」に該当していれば、転用手続きの前に農用地区域の変更申請をしなければならない。該当地の確認は役場で出来る。
  ・変更申請、転用手続きは地元農業委員が確認の上、県で最終判断する。
  ・放置の結果田畑が荒れ耕作に適さなくなると、「耕作放棄地」となり「農地」では無くなることもある。
  ・山側に別の田圃(『奥の田』のこと)があるため、林地への転用認可は可能性が薄いと思われる。
  ・農地として活用されている畦などに、雑木を限定数植えることは許される。
  
 要するに、雑木のみ植えるのは違法の疑いがあるということである。

 私も途中途中で口を挿んだ。
  ・湿田のため農業機械が入り難く、長年休耕田となり荒れていたもの。
  ・1年かけて人力でここまで整備した。
  ・放置された荒地より樹木の植わった整備地が、環境や景観保護に役立つと思う。

 「柳生博さんのようなことを考えているのですか?」と、思わぬ人の名前がIさんから出た。
 そして
 「転用の可能性はかなり低い。果樹を植えませんか・・・。マア、今後ゆっくり考えましょう」と、言いつつ辞去された。

 Iさんの助言は当を得たものであることを承知しつつも、『他所のものは植えない』という思いが優先し、即座に果樹を植える気にはなれなかった。

 数日後役場の担当窓口に出向き、事情を話した。Iさんと異なり楽観的というかむしろ積極的ですらある。
 「耕作放棄地が増加している折、このような動きはむしろ必要です。何とかなると思います。手続きしましょう」と言う主旨の発言があった。登記簿謄本など必要書類の説明があり、再度役場を訪れることになった。

 農地法は農業経験の無い我々に農地の所有を認めない。この地を求めるにあたっては一旦Mの父親名義で購入し、父の没後Mが相続した形である。従ってこの地の所有者はM。
 本件に限らず公文書の作成業務では「本人」の出頭が一番簡易である。他人の場合「代理」の書類が必要であったり、司法書士など有資格者でなければ出来ないこともある。

 Mと同行で登記簿謄本を受領し、その足で再度役場を訪ねた。予約を入れておいたため、担当の方は書類持参で応対いただいた。
 届出の書類名は「農業振興計画農用地区域の変更申出書」という。
 添付書類は
  @対象土地の位置図A付近の状況図(対象土地の周囲の土地の地番及び地目等)B該当地の土地の登記簿謄本
 が必要との説明があり、Aは役場で準備いただけることになった。
 申請書に記入する文案も提示され、親切な応対振りに感謝しつつ退去した。

 文書はMが作成し後日提出した。受領印が押された写しをもらっている。受付日は平成19年9月14日。

 「変更申出書」の審査は2回/年、春と秋に行われ、秋の部は10月に開催されることは先のIさんの話の中に出て承知していた。従って役場の応対の様子から、10月には予定どおり審議され高い確率で認可の返事が来ると考えていた。
 ところがである。11月、12月になっても回答がない。
 そんな折たまたまIさんに出会うことがあった。Iさんは書類を提出したことはすでに承知済み。
 「10月の農業委員会には、審査書類の提出が無かった」
 と話される。
 おかしい、と思いMが役場に電話した。
 「書類は本庁に送達した。県の担当官が視察に出向かれるであろう」との回答を受ける。
 両者の反応はかなり異なる。

 「農地転用の認可は困難」というIさんの言葉が頭に浮かぶ。次善の策で、果樹を植えて見ようかと思い始めた。
 Mに相談すると、「良いかも」という。
 「果樹を植えるなら、実もあるが花のきれいなものを」とK。

 12月初旬、森林組合に出向いた。
 「まだ間に合いますか?」と尋ねると「大丈夫でしょう」との返事。苗木を注文した。
 サクランボ;2本、梨;2本、スモモ;2本、りんご;1本の計7本。
 苗が届き、植え付けたのは12月16日。

 以上の経過で『雑木並木』は、『果樹園の縁に生えた雑木』に変じた。
 一方、申出書の回答はいまだに来ない。我々にとっては「ただいま申請中」である。