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2023年1月31日(火)
直木賞作家 小川哲
少し以前の話であるが、1月29日に第168回芥川賞と直木賞が発表された。

島根県人にとってうれしいのは、直木賞の受賞作で千早茜氏の「しろがねの葉」という小説が受賞したことである。
この小説は石見銀山のことを描いたもので、そういう意味で特に島根県人には嬉しいニュースとなった。

そして同時に、直木賞を受賞したのが、本日小欄で紹介しようとする小川哲氏である。
受賞作の題名は「地図と拳」と言い満州時代の出来事を史実と架空の人物を織り交ぜて描いたものという。
小説はまだ読んでいないので批評することはできないが、この作者の受賞にあたってのコメントが読売新聞に載っていて、内容がユニーク。切りとっておいた。
1月24日の文化欄に掲載された記事である。


「自分の力ではどうしようもないことについて、必要以上に思い悩まない」というところが格別である。

もう一つ同氏のことを紹介する記事を載せてみる。
こちらは、同じ読売に20日に掲載されたもののはずであるが、今回古新聞を探したが見つからず、やむなくネットを探して切り抜いた。


幅広い勉強ができるからと、東大の理系から文系変わったという経歴の持ち主らしい。
今回の小説を書き上げるために、150に上る資料を読み込んだという裏話も載っている。

36歳という。
Kもこの歳になってようやく、「自分の力でどうしようもないことには、思い悩まない」という心境が理解できるようになってきているが、36歳という若さでこの域に達するところが異才である。

話の次元は比較すべきもないが、小川氏が小説に向かう姿勢とKが小欄を記載する姿勢が、どことなくに通っている気がして、小欄で取り上げてみる気になった訳である。



2023年1月30日(月) ラベル130
名曲・名盤(改訂版)の一部修正
随分以前のことであるが、名曲・名盤(改訂版)なるものを作成したと記述した。
着想は2019年6月のこと。 こちら→(2019/6/7)
そして完成は2021年2月である。 こちらに→(2021/2/20)

出来上がった当初は、喜こんで使っていたのであるが、そのうち不満に思うことが出てきたり、また新たな思いつきもあったりして、一部修正した方が良いと思い始めた。

修正作業に着手したのは2021年9月のことであるが、以後少しずつ手を加えたりして、2023年の1月に、これらすべての修正作業をなし終えた。

以下忘備の意味も含め、これら1年半余りにわたる経緯をまとめてみようと思う。


修正したのは主として以下の4項目である。

@ 最初に作成した室内楽編は以後に作成した協奏曲編以降と音楽の取り込み方法が異なっていた。
したがって、室内楽編を取り直し、以後のものと同じ取り込み方に合わせることにした。

A ここで作成した室内楽編は、取り込み音楽の指南書にした志島栄八郎氏の「不滅の名曲はこのCDで」において室内楽曲と器楽曲の二つに分かれていたものを、取り込み数の減少も狙って室内楽編として一つにまとめて収録した。しかし新たな取り込み法は手数がかなり減少する。どうせならと、元の指南書の通り室内楽編と器楽曲編の二つに分けて収録することにした。

B曲が再生される順序であるが、例えば交響曲などは第1楽章から第4楽章まで順番に聞いていきたい。
大方の再生ソフトでは曲の名前順に再生されるので、音楽を取り込むときに曲の名前をあいうえお順に並ぶように名前をつけた。
ところが再生ソフトの種類によっては、名前(タイトル)順に再生せず、「トラック番号」という曲の再生順を指定する別の値があって、これに従って再生するものもある。
当初取り込むときにはこの「トラック番号」無視して曲のタグ(曲の性質を特徴づける値、例えば、タイトル、作曲家、ジャンル、などなど)付けをしたのだが、修正にあたっては全ての曲に「トラック番号」を入力し直した。
これでどの再生ソフトを使用しても望み通りの順番で音楽を流してくれるようになる。

C今回の名曲・名盤(改訂版)においては解説書作ることを思いついて作成したのだが、このとき挿入した文章は作曲者と曲の紹介のみであった。
ところが名盤という場合は演奏者の評価が大事なわけで、この演奏者の評価も取り込む必要があると思い始めて、実施することにした。
最初から行うわけで、取り込み数はかなりの数に上ったが、暇な時に時間を見つけてやり終えることができた。

以上が追加作業の概要であるが、もはや紙面が尽きた。
具体的な作業内容は、 別途折りを見つけて記述のこととしたい。



2023年1月29日(日)
車庫前の除雪
あえて雪の話題6連載。

昨日ほどではないが今日も雪が降っている。
こうなると県道には除雪車が出る。大方朝早く1回とそれから午後前後である。吹き飛ばす方式の除雪車が出ることもあるが、通常はブルドーザー型の、押して除雪するというタイプになる。
雪はおよそ左側に押し出される。

結果として、雪の降る間は県道沿いの車庫に車を置ている我が家にとっては、この除雪車が出る度に車の前は押し出された雪が山になるという結果になる。

この山になった雪をどけるための除雪である。
除雪車が出るたびに実施しているわけではないが、今回の降雪にあってはこれが2度目の除雪である。
ちなみに12月に降った時にも2度ほどこの除雪を行った。


自家用の除雪機を所有している家もたまにあるが、我が家は雪に関してはすべて人力である。
今回、使う道具は主としてスノーダンプ。
ありがたいことに、道を挟んだ反対側に溝があり、水が流れているのでその溝に流す。

除雪車が完全に雪を除けたときはそのままでは抵抗が大きいので、雪を薄く敷いて滑りやすくして作業をする。
今回もこのような状況になった。

作業は概して一人で行うことが多いが、今回は半ば過ぎからMが応援に来てくれる。
おかげで作業中の雄姿を撮ることができ、話題に華を添えることができることになった。



2023年1月28日(土)
雪の一日
ほぼ一日中雪が降り続いた。
パソコン操作をしたり、多少本を読んだりもしたが、残りは雪を眺め、雪とたわむれる一日となった。


朝新聞を取りに玄関を開けるとまだ外はほの暗く、電灯をつけると浮かび上がる景色の中では相当に雪が積もっていた。小さなテーブルを置いていて、その上に積もる雪の高さを目視で見ると40Cm余りはあろう。
これを午後見ると、さらに積もっていて50Cmを超えているように思われた。

Mとの会話で、本当はどのぐらいの積雪なろうという話になって、それなら雪の高さを測る器具をつけようと思いついた。
以前作成した記憶があって、納屋の中を探すと出てきた。
今はほとんど使っていない道具で、昔筍を掘るために買い求めた鍬の一種である。柄に簡単なメモリをつけて雪の中に立てるだけである。先端が尖っているので簡単に土の表面まで届き、埋める苦労がないところが良い。
前庭の平らな部分に差し込んでみると、雪の高さはほぼ75Cmを示した。テーブルの高さからおしはかった量よりはかなり多い。当分の間、この装置で積雪の量を測るつもりでいる。

午後にはウォーキングに出てみた。
県道は除雪がなされていて車の運行には差支えがない。ただしこの雪である、走っている車はほとんどなかった。
八色石の繁華街近くまで行ってみると、2-3軒の家が道路にたまった雪の除雪をしていた。
両側に家が建つこの街中では、道路に雪がたまると車の走行の邪魔になる。したがって頻繁に除雪をする必要が生じるわけで、我が家は消えるまで待つが、その点繁華街に住む人は苦労が多い。

今回の雪は、あと2日続くと予報されている。あと、どの位積るか分からないが、この程度の雪は覚悟のことで、気苦労はない。

この雪が消える頃になると、“春近し”の感じが伺えるようになる。
それを思うと、この時期の、この程度の雪は悪いものではない。



2023年1月27日(金)
雪中トラブル
またしても雪絡みの話。
1階にいて、たまたま窓の外を見ると、我が家から県道に至る道の中程で、車が道から外れ田圃側に傾いているのが見えた。
4時半頃のことである。男の人が車の周辺を歩いている。
我が家に用事があった人かもしれず、見捨てておくわけにも行かないように思われ、身支度をして行ってみることにした。
近づくと、その人は「少し左を走りすぎました」と話しかけてくる。詳細は割愛するが、我が家に用があった人ではなく、八色石集落に用事があって来たとのこと。
手伝うことはないかと尋ねると、牽引する重機を頼んでいるので大丈夫との答えが返ってきた。

ほどなくして重機が来る。遠慮気味に1枚ほど写真を撮った。
重機の運転手が降りてきて、「息子がコロナに罹っているのであまり近づかないでください」と言う。慌てて少し離れた。
様子を見ていると、車の運転手が私に近づいてきて「道具が足りないので一度帰って取りに行ってくるそうです」と教えてくれる。重機は一度戻り始めた。

もはや私に用はなさそうなので、車の運転手にその旨伝えて帰ることにした。
運転手に「家の中で持ちませんか?」と尋ねたが「それはいいです」との答えであった。

家に戻って、再び窓の外をうかがうことにする。


しばらく経って重機が戻ってくるのが見えた。
スマホで写真を撮るが拡大しても詳細が映りそうにない。
コンパクトデジカメ持ってきて望遠で撮ることにした。

遠くで見ているので詳細はわからないが、二人でやり取りする場があったりなどして、その後、二人がそれぞれの運転席に戻るのが見える。
重機が引っ張っているのであろう。そして、傾いた車が道路に戻り水平になった。

そして重機がその場を離れ、少し間をおいて車が帰るということになる。
この間ずいぶん時間が経ったように思えたが、写真の撮影時刻から確認したら、重機が帰りそして車が帰ったのが夕方5時をわずかに過ぎた時であった。

となると、雪の日の夕方、30分余りの出来事になる。



2023年1月26日(木) Ravel126
山水凍結
またしても今回の寒波がらみの話である。

昨日の記述において、特段の被害はなかったと記載したが、正確に言うと正しい記述ではなかった。
実は、一つほど被害が発生していた。山水が凍結したのである。


昨日、25日の朝気がついた。
山水の順調さについては以前触れていて こちら→(2023/1/5)
それ以後も細ることなく順調に出続けていた。それが突然の断水である。

近づいて子細に見ると山水の出口から太いツララが2本下がり、そして出口は完全に凍って塞がっていた。

この状況から判断するに、今回の断水はこれまでの断水とは事情が異なるように思われる。
これまでの断水は、何かの理由で、ゴムホースの接続部などが外れ、水がそこで漏れる。それ以降のゴムホースの中に溜まった水が凍ってパイプ内をふさぎ、いわゆる冬場の山水断水と言うことになるのであった。

しかし今回は、山水は出口まで出続けた。
ところが外気の寒さで出口につららができたり出口が凍り始めたりし、次第次第に凍る部分が大きくなって出口全体が完全に塞がれたと思われる。

冬場の山水断水で、このような理由によるものは初めての経験である。
その後も寒い日が続いていて、今のところ出口が溶け始める様子は見えない。

山水が出ない事をは若干不自由であるが、無理に溶かすということはせず、どのような経過をへて水が出始めるか、成り行きを見ていこうと思っている。



2023年1月25日(水)
最強寒波 前回との比較
昨日も触れたが今回の寒波は、10年に一度と形容される。
然らば前回はいつであったのだろうと思うのだが、それを探す良い手立てを思いつかないでいた。
そんな折今日の読売にそれを示す面白い記事が載っていた。
昨日の夕刊に載ったコラム記事で、夕刊のない地方宛に翌日の朝刊に再掲されるものである。


これによると前回の最強寒波は7年前にあたるらしい。
こうなるとわが方も探す手立てがある。7年前と言うと2016年、平成28年にあたる。この年の温度データを探してみることにした。

温度の話になると小欄に度々登場する温度の連続記録データがあるが、2016年当時はまだその装置を導入しておらず、一日の最高と最低温度を目視で読み取りデータにしていたものがある。それを探すことにした。
寒波の話であるから1月か2月である。
2月の中にそれらしき値が見つかった。2月18日の-6.4度である。


(左、2016年2月の最小、最大温度、
右、1月24日から25日にかけての温度変化)

一方今回の寒波データを右側に示す。
24日から25日にかけての温度記録である。
これを見ると、温度が一番高いのは24日の朝6時頃で4℃近くある。
以後温度はどんどん下がって、午前10時頃には0℃を切り、さらに温度が下がって夕方の6時過ぎに最も低い温度に到達している。最も低いのは18時13分の-5.7℃という値であった。

最低温度そのものはほぼ予想の範囲で驚くほどのものではなかった。
むしろ、一番温度が低いのが今日の25日でなく昨日の夕方であったということには若干の驚きを抱く。

当地の場合、前回との比較という意味では、前回ほど寒くはなかったということになる。

さらにニュースなどの呼びかけに応じて、凍結防止の水を流すなど注意を払ったおかげで特段の被害もなく、今回の寒波は通り過ごす事になった。

まあ、めでたし、めでたし、というところである。



2023年1月24日(火) ラベル124
10年に一度
この2、3日、テレビのニュース番組などで、10年に一度の寒波がやってくると盛んに報じられている。
さらに停電に備えて、電源の要らない暖房設備も整えるようアドバイスをしている。

我が家で、電源の要らない暖房設備としては、昔ながらの灯油ストーブがあるが、もう一つ有力な武器になる薪ストーブがある。

この薪ストーブも燃料になる薪がなければ役には立たない。念のためにと薪置き場を確認してみるともう一日くらいは薪が残っている。
今日せずとも良いがと思いつつ、今のうちに運んでおいた方がよかろうと思い直した。


雪は降り始め少し積もっているが運搬車の操作に支障はない。薪置き場まで運び入れて積み始めた。
温度はかなり低い。手袋はしているが指がかじかんでくる。
そんな折り強い風が吹いて周辺の雪を巻き上げ、景色が真っ白になる一瞬があった。小さめの“ホワイトアウト”と言って良いのかもしれない。

小一時間掛かって作業を終えた。

これで4、5日分の薪は準備できたことになる。
寒波が相当伸びても問題はないと安堵した。



2023年1月23日(月) ラベル123
整地の後始末
小欄休刊中の作業である。
実施したのは1月17日。実は、昨年11月に実施した作業の続きである。

ビニールハウスの鉄骨を除去し、整地して畑にすることにした。
 こちら→(2022/11/10)

この折り椎茸の榾木を一部野積みにしていて、このままでわ野積みの中で椎茸が生えることになり、榾木を積み直すことにした。


この際横木を何にするかで迷ったが、ずいぶん以前孟宗竹の竹林を始末した時、素性の良い孟宗竹を県道沿いの車庫に保存していて、これを使うのを思いついた。
しばらくぶりに見ることになって、行ってみたらなんとか使えそう。これをもって横木にすることにした。

後の作業は、イメージしていた通りにできてほぼ1時間で完了した。

榾木を積み直す時、ある程度予想はしていたのだが、お化けのような椎茸が榾木の間から見つかったりして、これは洗って乾燥して後ほどゆっくり食することにする。

12月に降った雪は粗方消えて、あまり苦労することなく作業を終えることができた。



2023年1月22日(日)
投稿再開
修理に出していた常用パソコンが修理を終えて帰ってきた。
帰ってきたのは昨日の21日である。


故障の原因はSSDが破損したとかで、新しいSSDに交換されて戻ってきた。破損したというSSDも一緒に返送され、SSDとはこんなものかと初めて認識したわけである。
配線類を接続してパソコンを立ち上げると、特に以上無く立ち上げることができた。

残るは諸設定である。
昨年7月に購入したときは随分と手間取ったが、今回は一度経験済みであり、一両日掛ければ完了するだろうと思って取りかかった。
ところが思ったより難敵で、すぐに対応できない箇所がいくつか出て来る。
マイクロソフトとかあるいは他の部品の製造メーカーに問い合わせをする必要もないありそう。こうなると数日はかかりそうである。

これまでは骨休めとして、小欄への投稿を中断していたが、これ以上引き伸ばすのも気が引ける。
補助パソコンとして使っているノートパソコンから、暫定的に小欄への投稿を始めることにした。
画面が小さいので不便さはあるが、レイアウトを整えてみると小さいながらも何とかなりそう。


本日の小欄はこの形で作成し投稿したものである。



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2023年1月12日(木)
本日休刊

常用パソコンにトラブル発生で修理に出しました。
その間、休刊します。
この記事は、補助パソコンから発信しました。

2023年1月11日(水)
早朝の薪運び
1月の山陰では珍しく、今日は快晴の天気になると予報されている。
放射冷却の影響で、外は大霜。

そんな中にあって、今日は「サロン田屋」が予定されており、昼前から出かけることになっている。

一方、待ったなしの仕事が控えていて、それは薪運び。
薪ストーブに使う薪が底をついていて、運び入れておかねばならない。

薪運びを実施した。
朝の9時頃から、気温3℃の霜の中である。


雪はほとんど消えていて運搬車でゆうゆう運べる。
時間にして40分たらずの作業であるが、手袋をしているにもかかわらず指はひどくかじかんだ。

この冬3回目の薪運びになる。



2023年1月10日(火)
雪見鍋
朝ドラの続きでたまたま「あさイチ」 を見ていたら、今日は手軽で美味しい新・定番鍋を紹介すると言う。
急いで録画をかけて、そのままテレビも見た。
3人の顔なじみの料理人が出て和・洋・中のレシピを紹介するのであるが、その中のひとつで「和」のメニューが雪見鍋であった。

通常雪見鍋といえば大根を使うのであろうが、今回は蕪を使うと言う。
今日のメニューは雪見鍋でぶりしゃぶを食べるというのが本筋であるが、番組の中でぶり(鰤)でなくても牛や豚などの肉でも良いとの紹介もあった。

レシピは こちら→


今日はKが夕食当番。早速真似てみることにした。

Mに「蕪がある?」と尋ねると、「畑に行けばあるよ」と答えが返ってくる。
畑に行ってみると、先日の雪はほとんど消えていて、雪の重みで葉っぱが倒れた蕪が見えた。小ぶりなので二つほど抜いて帰る。
暮れに奮闘した甲斐があって山水は滔々と流れ出ている。 こちら→(2023/1/5)
その山水で蕪を洗えば「雪見」の材料の準備は完了となる。

その他の材料は、鰤はないので致し方なく豚。
野菜類は、今日Mが榾木から採ってきたとれたての椎茸、蕪の葉っぱ(少し苦い、とMの評価)、白ネギ、白菜少々、とあるものでまかなうことにした。
〆は焼き餅でなくうどんになる。

で、結果である。
Mに言わせると、「大根より蕪の方がとろっとして美味しい」と言う。

作り方は至って簡単なので、番組の謳い文句どおり、我が家の「新・定番鍋」になるかもしれない。



2023年1月9日(月) ラベル109
とんど焼き
恒例のとんど祭りが行われた。
コロナ禍ということもあって、例年は一段上の広場で行われるのだが、今年は保養館横の広場に少し小さめの櫓が立てられての開催である。


参加者は30名あまり。
自治会長の挨拶の後、地元の神主さんによるお祓いが行われた。

その後子供会によって点火がされる。

コロナ禍以前は、この後お神酒のほかに、とん汁やおしるこなどが振る舞われ、一時賑やかに飲むのだが、今年は紙コップに入れたお神酒が配られただけ。
少々寂しいお祭りとなった。

賑やかに行われていた時代の一例を示すと次のような感じ。
 こちら→
2011年のものである。



2023年1月8日(日)
音声入力用マイクの更新
小欄の記述を音声入力で実施していることは以前触れた。 こちら→(2022/11/11)

その後も、重宝しつつ継続して実施しているのであるが、時として、おかしいなと思うことがたまにあった。
パソコンが思わぬ文字を表示するのである。

私の発音が悪いのかと思い、できるだけクリアーにゆっくり発音しても同じ文字が表示される。
これは私の性ではなく、マイクの性能が悪いせいではないかと思い始めた。
これまで使っているマイクは2016年に購入したもので、随分時が経っている。この間にマイクの性能も随分向上しているであろう。買い替えてみようかと思い始めた。

一方、これまで使ってきた訳でもったいない気が起きたりして、「マイク性能によって誤表示が起きうるか」など調べたりもしたが、この疑問に対しては適当な回答を得ることができなかった。
ただし、問題は時々発生する。
今後も長く使うものであるから、と更新することに決めた。

さて更新すると決めての問題は、どの機種を購入するかである。
Amazonで探してもピンからキリまで無数にある。なかなか決めがたい。
調べてみたらAmazonの売れ筋ランキングというものがあるらしい。

こちらを表示してみた。
第1位の機種を見ると、安くはないが何とか買えそうな値段である。これにしようと決意した。
その品が今日届いた。


(写真下段、左のマイクが更新前のもの、
右が更新品)

早速セットして使ってみたが、性能は良さそうである。
性能に差があるか、試験方法を考えて、近いうちテストをしてみる予定でいる。



2023年1月7日(土)
鼻の洗浄液
実は昨日のことである。
K専用の薬品類を収納する引き出しがあって、別の用事があってその中を探していたら、液状点鼻薬の空の容器が出てきた。
この空容器を目にしたとき、ひらめいたことがある。

ずいぶん以前のことであるが、洗顔の時に、鼻に水を吸い込んで鼻の洗浄をすると良いと聞いたことがある。
一、二度試みたが、鼻に水を吸い込むのがなかなか難しく、そのまま沙汰止みとなっていた。
この水を吸い込む代わりに、容器に水を入れて鼻に吹き入れたらいかがと思いついたわけである。

試してみることにした。キャップを取り、吹き込み口を外してみると簡単に取れる。中は空で、水道水を入れて掃除をした後、また水道水を満水にして吹き込み口を挿入した。
試しに使ってみようと、鼻に差し込み水を吹き込む。特に違和感はない。若干、気持ち良さを覚えるくらいでもあった。
その日は容器を食卓テーブルの上に置いておいて、目が着いた折りたまに試してみる。

そして寝る前にも容器が目に入った。吹き入れて後寝ることにした。

布団に入りしばらくして気がついた。
Kは鼻づまり症もあって寝る時は鼻で息ができず、口から吸い込むことが多い。従って口の中がカラカラに乾くということがしばしばである。
ところがその夜は鼻がスースーして、鼻で息ができるのである。
そうこうするうちに眠ってしまっていた。

夜中に1、2度トイレで起きることがあるが、その時も水を吹き込んで寝た。

そして今朝である。
なんとなく鼻の周りが軽やかな感じがする。いつもは鼻づまりの症状があるのだが、どうも今朝はその感じが少ない。
昨日、鼻の洗浄という行為を試しにやってみたが、どうもいいものかもしれないと思い始めたわけである。

昨日は水で試したが、どうせするなら調べた上で実施するのがよい。ネットを調べてみる。
相当数の資料が検出されるが、それらを照合してみると、塩水で代用できるようである。
その塩水の濃度は0.9%が推奨されている。
その通りに作成することにした。水500mlに対して塩4.5gである。


当分、これで試してみるつもりである。



2023年1月6日(金)
ぶりのあら鍋
夕食当番の日である。
当初は別のメニューを考えていたのだが、冷凍庫を開けてみると正月用に買ったぶりの”あら”が残っている。
これでぶりのあら鍋と急遽献立を変更した。あら鍋の方が手間いらずというのが大きな理由である。

初めての試みなので、参考のレシピを探してみた。
いくつか出るが、採用したのは次のもの。
 こちら→

湯煎のことは承知をしていたが、塩を振って10分経ってから湯煎するという手順は初めてのことであった。


後の手順はレシピ通り。
単純だがぶりの味が染みて、思いの外美味しかった。



2023年1月5日(木) ラベル105
山水順調 怪我の功名?
12月27日に復旧した山水であるが、 こちら→(2022/12/27)
年明け以降も順調に水が出ていて、すこぶる気持ちが良い。

但し、この間にトラブルがなかったわけではない。


27日の翌日にあたる28日のことである。
朝起きて山水を見ると、水の出が随分と細っていた。
水が少なくなっているとは考えにくいので、どこか水が漏れているのであろう、と確認することにした。
道具を持ってコースをたどると、例の「確認ポイント」の場所で雪が溶け水が吹き出している。
雪をどけて確認すると接続ビニールホースが外れかけている。押し込んでみるが全く入らない。

ホースバンドが付いていて、これを緩めようとするが錆び付いていて緩まない。
もはやこのままでは水は止まらないと判断して、接続ビニールホースを交換することにした。
ただし今のところホースバンドはないので、その代わりとして27日と同じように、ホースをながめに切断して両端を温めて広げた後装着することにした。ホースバンドを用いるときはゴムホースとビニールホースの勘合部の長さは1.5CMぐらいに取っていたのだが、ホースバンドがないので、この勘合部の長さを4CM前後とっている。
ついでの対策であるが、水の反発力でホースが持ち上がり、外れる可能性もある。おもしに瓦をのせてホースが持ち上がりを防ぐことにした。
水の出口まで戻って確認すると,水の量は元に戻っていた.

続く29日である。
山水を見ると、再び水が細っていた。愕然とする感じである。
仕方がないので再度確認することにした。

昨日直した場所かもしれないと思ってみると、その部分に異常はない。
それでは別の場所と考え、さらにホースをたどると、 裏山に入ったすぐ近くで、またもやホースが外れかけていた。
28日と同様の処置を施した。

さらに翌朝である。
恐る恐る確認をしたが、今度は有難いことに水が細ることなく勢いのある水が流れ出ていた。
年明け、今日に至るまで問題が起きることなく水が出ているのである。

その後出が順調であることを念頭にして、時々この接続部の構造のことをを考えてみるのだが、これまでは接続の固定をホースバンド一辺倒で考えていた。
この時の勘合部の長さは1.5CMメートル程度である。
今回は苦肉の策としてその長さを4CMから5CMにした。
今のところ問題なく使用できているのは、この嵌合長さを長くとったことが影響しているかもしれないと思い始めている。
たまたまホースバンドがないことで、嵌合長さを長くとることを思いついたが、このことが今後の対策としては大きな意味を持つことになるかもしれない。

ひょっとしたら、怪我の功名かも・・・。



2023年1月4日(水)
初歩きと定点写真
昨日の初詣の際も相当数歩いてはいるが、こちらの歩きはお参りが目的で、歩くこと自体が目的ではない
今日は歩くこと自体を目的とした、いわゆるウォーキングに出た。今年の初歩きと言って良い。

今どき、ウォーキングにあたって時間的な制約はほとんどないが、朝のうちは路面が凍っていることもあり、できれば午後の方がよかろう。今日は3時過ぎに家を出た。
12月に降った雪がまだ完全には溶けていない。県道や町道は除雪されているが、脇道はまだ雪が残って、歩くには少々難儀である。したがって除雪のきいた県道や町道を歩くことになり、同じ道を往復することが多く変化は乏しい。
距離と所要時間は普段の2/3程度の40分前後である

そんな中にあって、ほぼ毎回行なっているのが同じ場所2箇所での写真撮影である。
いわゆる定点写真である。
県道上の脇から取るのだが、狙う方向は四反田山を背景にした我が家を入れる方向になる。

一箇所は、我が家をほぼ横方向から見る位置で、我が家を写真のほぼ真ん中に配置して縦型の写真に収めている。
もう一つは、我が家を正面から見る方向で撮影していて、我が家を左端に配置し、横方向で撮影している。

ウォーキングの際ほぼ9割以上の確率で写真に撮るので、一年のうちには結構貯まっている。
眺めると四季の移ろいが感じられる。
今日はその中から春夏秋冬、4シーズンのものを引き抜いてみた。
うち、冬のものは今日撮影したものである。


中でも、天気が良く雲が浮かんでいる写真を選んでみた。



2023年1月3日(火)
初詣
諸般あって今年は初詣が今日になった。箱根駅伝の勝敗があらかた決定したのを見終えてから出発した。午後の2時である。
初詣先はいつもの龍岩神社。麓に着いたとき時計を見たら2時20分であった。
昨年12月に降った雪もあらかた消えている。先に登った人の足跡はもはや全て消えていた。


440段の階段を登るわけで、休みながら場合によっては写真を撮ったりしながらゆっくりと歩を進める。

神社の境内に着いたのが午後2時40分であった。
途中でもあるいは境内でも、誰か参詣者に出会うことを期待しながら登ってきたが、誰にも会うことはできなかった。

祠の戸を開けて神様にお参りをする。
期待したお神酒はすでに下げてあって何もない。
参詣者の名簿があって確認してみると、元旦からこれまでに参った人は、我々を含めて10組で25名であった。

近年恒例になっているコーヒーを飲む。比較的暖かく日も差しているので外に出て飲むことになった。

他の人に会うことも予測して、Mは多めにコーヒーを入れて持ってくるのだが、今年はそれがなく余ることになる。
ほぼ20分ほど境内にいて降りることにした。

今度は階段を下りる。
降りる時間を計測したら約11分であった。登る時間のほぼ半分と言って良い。

家に着いたのが午後3時半過ぎ。
この間、道中も含めて誰にも会うことがなかった。

田舎とはいえ、これほど誰にも会わないという初詣は初めてのことである。
珍事と言っていいのかもしれない。



2023年1月2日(月) ラベル102
映画 Dr. コトー診療所
2日続けて映画を見ることになった。ただし、今回はテレビでなく、本物の映画を映画館に行って見てきた。Mと一緒である。
見た映画のタイトルは「Dr.コトー診療所」と言うもの。
十数年前民放でドラマ化されたものが、今回は映画となって再登場したものである。

見るにはいくつか理由があった。


昨年12月末頃のことである。
新聞のテレビ欄を見ていたら、民放で「Dr.コトー診療所16年目の同窓会」という文字が目に入った。録画をかけておいてみると、昔ドラマで見た懐かしい面々の人が出て往時のことを語っている。見ているうちに、今回新たに映画となって再登場することが理解でき、是非映画を見たいと思った事が一つである。

このドラマは放送された当時に好んで見ていた番組で、保存用のビデオ録画をかけ、その後それをDVD化し保存をしている。
DVD台帳を開いて見たらDVDの枚数にして14枚も保存をしていた。
映画を見た後、このDVDを見直すと色々と再発見があるかもしれないと思ったりもした。これも理由の一つ。

さらに新聞で、天皇ご一家がこの映画を鑑賞されたと言う記事を見た。昨年12月29日の読売新聞記事である。
天皇ご一家がご覧になった映画を、是非我々もと思ったのが理由のもう一つである。

そんな経緯で見ることになった。
正月で混むかもしれないと思い、昨日のうちにネットで予約を済ませて見に行ったが、席は1/4程度が埋まる程度でさほど混んではいなかった。

さて映画である。
美しい景色と見覚えのある顔の人々が登場し、懐かしさを覚えながら見ることになった。ドラマとは違う映画独特の迫力もある。

そして最後の映画の終わり方が一種、妙である。
主人公のコトーが、死んだのか、あるいは生きているのか、がどちらとも取れるような終わり方なのである。

詳しい説明は割愛する。
何のことと思われる方は、ぜひ映画を見に行かれることをおすすめする。

我々、K、M間でも、「どちらだろう?」といったところで、答えが出ていない。



2023年1月1日(日)
初映画 ひまわり
例年の元旦は地域の公民館で新年会互礼会が開かれるため、慌ただしい朝となるが、都合で、互礼会が中止されたのでのんびり祝い膳をいただくことになった。

午後は初詣に行くかあるいはのんびりするかが通例であるが、今年は義母が入院中で妹が実家にいて、Mは妹に会いに実家に出かけた。
これを受け、Kは元旦の午後を一人で過ごすことになる。

で、行ったのが元旦の映画鑑賞会、今年の初映画である。

イタリア、フランス、ソ連、アメリカの合作映画、「ひまわり」。
昨年のロシアによるウクライナ侵攻を受け、俄然再注目された映画である。
実は昨日NHKのBSプレミアムで、「映画マラソン」と称し何本かの映画が放送された。
その中にこの「ひまわり」があったので録画をかけておいたのである。


主演はソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ。二人とも好みの俳優さんではないが、演技力はさすがと思われた。
映画の中に、一面がひまわり畑という有名なシーンがあるが、これは現在のウクライナのある村で撮影されたと言う。
音楽はヘンリー・マンシーニ作。これは聞き覚えのある綺麗なメロディーの曲であった。

大げさに戦争反対と訴えているわけではないが、戦争と言う出来事が人間を思わぬ方向に引き裂いて行く酷さを、穏やかな表現で示している。
確かに力作ではある。

ただこれは物語。

一方、現実では現下に戦争が行われている。
できればウクライナ勝利という形で、できるだけ早く今回の戦争が終わることを願わざるを得ない。



Kの散歩帖