(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2019年9月30日(月) ラベル930
開店休業の余波 その2

左指を骨折したのは8月22日の午後であるが、その午前中には再生雑地と呼ぶ場所の草刈りをしている。
その経緯を8月31日に延べた。 こちら→(2019/8/31)


この地はそのまま開店休業で放置されていたわけで、刈り草の間に生えた草はさらに伸び、もはや集めて焼くことはできない様になっていた。

開店休業が解けて以降どう対処しようかと案じていたが、とりあえず再度ヤギ(自走式草刈り機)をかけてみようと思い立ち実施した。26日のことである。
実施してみると、、そこそこの具合で刈ることができた。

次の工程は”焼き”である。
ヤギで刈った以降既に数日経っている。かなり乾燥が進んだのではと刈り草をひっくり返すと下層は濡れてまだ青々としていた。ヤギで圧接された状態になっていて空気が入らず乾燥が進まないらしい。

若干躊躇したが、明日以降台風の接近が予想され天気が崩れるという予報である。
時間がかかることを覚悟して焼却に踏み切った。

ヤギとは別に丸刃で刈ったミソハギがあったのでこれを着火剤にして火をつけてみた。何とか燃えそう。
その上に集めた草を載せる。時間をかけて燃す算段である。
この場合、燃焼の小山は複数作るのが良い。今回は、結局都合4個の山を作って対応した。

午前中から初めて、昼前に1時間。昼食を食べての午後に3時間。合計4時間かけて予定した部分を焼き終えた。
本来なら8月中に終わらせる計画であった。それが丸々1ヶ月伸びたことになる。
それでも、なんとか燃し終えて安堵した。




2019年9月29日(日)
開店休業の余波

この24日に開店休業を終えて以降、雨でなければ連日屋外作業に精を出しているのであるが、ほぼ1ヶ月作業をしていなかったわけで、その作業は草刈り関係が中心になるものの、内容は多岐にわたる。

その一つ。
山水取水口の整備。
ひと月の間には台風が接近したり、大雨が降ったりなど大水になることが数回あって、取水口が塞がっていることはある程度予測出来た。
そして雨後でも、裏庭の排水口から出る水量が増えずチョロチョロしか出ないことが、この塞がりを証明している。
なんとか動けるようになってきて、この山水整備に着手した。3日前の事である。

行ってみて驚いた。予想以上に塞がっていた。

とりあえず、応急処置である。
大きな木々を取り除き、取水部の土砂を掻き上げた。
およそ小一時間の作業である。

途中ホースのエアー抜きもして、裏庭に戻ってみたら山水が勢いよく流れだしていた。
まあ、やれやれ、と言ったところである。



2019年9月28日(土)
奇跡
おそらく100人が100人とも勝つとは思っていなかったであろう、ラグビーのアイルランド戦を最初からテレビ観戦した。

ラグビー観戦はビールが付き物と言われるので観戦の初期で1本、後半に入り”ひょっとしたら”と思える時点になってもう1本開けた。

そして、思わぬ事態が起きて、19対12でアイルランドを下した。


NHKの担当アナウンサーは豊原謙二郎。
勝った時点でのコメントは「もうこれは奇跡とは言わせない」で、大歓声を打ち消すように大声でアナウンスした。

4年前、南アフリカ戦に勝利したときのアナウンサーが奇しくも豊原アナで、最後のトライの瞬間に「行け! 行け! 日本」と叫んだことで有名である。

この南ア戦に日本が勝った時は「奇跡」と言われたもので、今回の豊原アナの「もう奇跡とは言わせない」という言葉は、4年前の”韻を踏んで”のことであろうし、そして、この4年間の”桜の戦士”の苦闘を称える言葉でもあろう。

これでベストエイト入りが有望になった。

次回はサモア戦である。
サモア戦は自治会でパブリックビューイングが計画されている。行くつもりでいる。




2019年9月27日(金)
パソコン復帰
パソコンが復帰した。しかも結果的には修繕前より良い形で修復された。

異常が起きたのは2日前、このコラムを書こうとパソコンを立ち上げたときである。
通常はスリープ状態にしていて即座に立ち上がるのだが、詳細を覚えていないが何か電源を入れなおす必要が生じたのであろう、電源を入れなおしたところ、立上げ画面に思わぬ文字が表示された。


「ディスクエラーを確認・・・」と言う文字。何が起きたのか分からない、初めて経験する文字列である。(写真;上段左)
しばらく待つと画面が変わって「自動修復します」と言う画面が現れた。やれやれ、これで治るのかと思っていたら、「修復できませんでした」の表示になった。(写真;上段右)

で、どうするか、元電源を切ると修復されることがよくあり、電源を外して5,6分待ち入れなおしても結果は同じであった。
全く原因が分からない。
この時点で、重大なことを思い出した。それは”システムバックアップ”をとっていない、ということである。

システムバックアップとは、パソコンに異状が生じたとき、正常であった元の時点までパソコンをそっくり戻すことができる方法である。
操作法の詳細は 例えば こちら→

修復で万策尽きたときの最も有効な手段で、長年継続して取っていたのであるが、およそ半年前Windowsのバージョンを”1809”に変更したとき(ころ)から、バックアップを採ると”0x81000033"というエラーメッセージが表示されて取れないのである。
ネットなどいろいろ調べ挑戦したがバックアップがとれない。、結局取れないまま今日に至っていたのであった。

話を戻そう。さて、どうするか。
最悪はパソコンを買った時の状態まで戻さなければならないかも知れない。そうなると復旧には数日を要す。
幸い、補助に使っているノートパソコンがあって、これを使ってこのコラムへの発信はできる(ようにしている)。
パソコン異常で休刊する旨の発信を済ませておいて、腰を据えて当該パソコンの修復にとり掛かることにした。

少し余談だが、手の方は良くなりつつあり、外仕事もできるようになってきた。昼間は外仕事を優先しパソコン対応は夜になる。

そして夜。再度挑戦した。
状況は変わらず同じである。今度は電源を切らずに隣にある「詳細オプション」のボタンを押してみた。いくつかの手順の候補があるが、中に「システムの復元」があった。

これはパソコンが勝手に(自動的に)作ってくれる物で、特定の時点までパソコンを戻すことができる、重宝な手法である(何故か、うまく戻る時と戻らないときがありはするが・・・)。
まずはこれを試すことにした。これでだめなら、パソコンは振りだし迄戻りである。
復元にはかなり時間を要す。2時間近くかかった。結果は成功であった。設定した9月19日の時点までパソコンは戻ったのである。(写真;下段左)
パソコンは正常に動き始めた。

だが、ここで大いに反省した。今回は「システムの復元」で救われたが、これがうまくいかない場合は大事(おおごと)である。是非とも「システムバックアップ」をとっておかなければと思い始めた。

そして思いついたことがある。
Windowsのバージョンは更新されて”1903”になっている。
私のパソコンが更新されているか否かは未確認だが、更新されていればよし、されていなければ手動で更新して、バックアップを採りなおせばできるのでは、と思いついたのであった。

バージョンを確認すると未だ1809のままである。
手動で更新することにした。 更新方法は色々あるが、例えば  こちら→

”1903”に更新して「システムバックアップ」と取ってみた。これに要する時間はひどく長い。4、5時間かかったかも知らない。
結果は有難いことに、成功であった。(写真;下段右)

バージョンも更新されたし、バックアップも取れた。怪我の功名である。



2019年9月25日(水)
本日休刊

パソコン異常で休刊します。
復旧に一両日かかるかもしれません。ご了解ください。

2019年9月24日(火) 924ラベル
様子伺い
前回刈払い機で草刈りをしたのは、左指を骨折した日の午前中であるから、8月22日である。
当初、医者の見立てでは3週間ということだったので、遅くとも9月半ばには復帰できると考えたのであるが、その後右手も怪我をし延び延びになって、今日ようやくやってみようかと言う気になった。
刈払い機による草刈りである。

ただし、始める前に自分に言い聞かせた。絶対無理をしないこと。
無理をして(特に右手の爪の生え際)傷口が切れることが起きればまた数日棒に振ることになる。
そのためにはどうするか。答えは握りを弱くして速度も遅くする。これを実現するためにはどうするか。答えは、刃の切れ味を保つこと。
と考えて、研磨済みの代えの刃を複数用意して始めることにした。

場所は母屋の横の町道沿い。溝もあって結構厄介な場所である。


やってみると思いのほか振動を感じなかった。何とかなりそうである。
ただ、草は伸び放題に伸びていて下地が見えない。しかも傾斜がある。ということで地面に刃が当たることもしばしばである。あまり時間を置かずに切れ味が落ちてきた。
時計を見たら30分経過している。休憩を兼ねて刃を変えた。

と、こんなことの繰り返しでようやく第1目標の場所を刈り終えた。
草丈が低い場合で紐で刈って30分のところであるが、今回要した時間は、溝に落ちた草をレーキですくい上げることも含めて、1時間半を要した。

さて、指の結果である。左手はほとんど問題がない。用心に薄めの包帯を巻いていて、これを外してみたが異常はなかった。
そして、右手である。弱い痛みを感じるようだ。包帯を外すと、少し赤みが増しているようにも見える。
これ以上は無理と考えて、今日の作業はここまでとした。

作業をしたのは午前中のことであるが、午後右手の様子を伺うと、草刈り後感じた痛みは消えていた。
様子伺いの結果である。



2019年9月23日(月)
今を生きる

指の怪我でクリニックに通っている時の話である。

空いた時間を狙っていったのだが、その日は何故か患者が多かった。
待合の窓際に書棚があって、並ぶ本の中に文藝春秋がバックナンバーがほぼ揃った形で並んでいる。
この事は以前から承知していたが、この雑誌は図書館で借り、家で読むのが慣例で待合で読む気は起きなかった。
ところがこの込み具合である。すぐに呼ばれる気配はない。文藝春秋の列を見るとまだ読んでいない8月号があった。読んでみようと棚から取ってきた。

その中で読んだ寄稿文。

八千草薫さんのもの。映画やドラマの作品はこれまでに数多く見てきたが文章は初めて。8ページにわたるエッセーである。
無くなったご主人のことを回想しつつ、昨今の生きようを綴っておられる。大女優にも拘わらずつつましやかに生活しておられる風が読み取れた。
で、読み通した最後の締めの部分は、「今」を大事に、と結んであった。
ここでも「今」であった。

最近読んだ本でも「いま」が出てきた。それは三浦瑠麗氏の本。 こちら→(2019/9/16)
「いま」の積み重ねが生きる意味、だと語る。

禅語に「而今(にこん)」という言葉がある(らしい)。”いまこの瞬間を生き切る”と説くのだという。
起こった過去を悔やんでも、判らぬ明日を悩んでも意味はない。いまこの時をどう過ごすか、が問われるのだという。

考えてみれば、確かにそれしかない。
左の指を怪我し、さらに右も怪我し、そして未だに痛みが完全には消えない。草も伸びる。
これらを悔やんでも解決の方はない。このなかで何をするかが問われる。

「いま」はこのコラムを書いている。
ここまでは、これでも、一所懸命にかいてきた。これ以上は書けぬ。
それでよい、で筆をおくことにする。

明日の午後は晴れるらしい。
手と相談しつつ、草を少し刈ってみようと思い始めている。



2019年9月22日(日) ラベル922
キャッシュレス決済 その4

前回は9月10日。 こちら→(2019/9/10)

Edyという楽天の電子マネーである。手元でチャージできるシステムがあるということで採用した。
今回は、この電子マネーを使用した結果である。

使った日は先の15日。 なぜ15日なのかは少々訳があって、詳細は こちら→(2019/7/15)
余談なるも、Kのキャッシュレス決済への挑戦はこの日が契機になっている。

さて、結果であるが、Mに買い物をを頼まれたこともあって2軒の店で買い物をした。
2軒ともEdyカードが使用できることは確認済みで、「これでお願いします」と言いつつカードを見せれば、「わかりました」と答えてくれて、買い物の入力が終われば「カードを当ててください」と端末を示してくれる。
カードを端末にかざすと「チャリン」といった感じの音がして、決済が終わる。
現金を出したり、お釣りをもらったりなどは勿論なく、まことに簡単に完了した。

勿論事前にカードにチャージはしておかねばならない。
これが、家であるいはお店で、チャージできる必要がある。
当日も試しに、お店についてからスマホで1000円チャージしてみた。チャンとチャージでき、当日の買い物に使用できることを確認した。

これらの総合結果である。


パソコン画面であるが、月単位のものと、月内の詳細表示が見えるようになっている。
チャージの履歴も表示されていて、「支払い詳細」の項で「チャージ(楽天ID)」と表示されるのはスマホ経由でチャージしたもの、「Edyギフト」と表示されているのはパソコン経由でチャージしたものと、仕分けされていた。

そしてポイントが278(278円相当)付いている。
ポイントの仕組みを正確に把握していないので、このポイントがどの時点で付与されたものか判然とはしないが、少なくとも現金で買い物をしていれば付かないものであって、買い物は容易になりポイントが付く、となれば悪いものではない。

およそ2ヶ月かけて「キャッシュレス決済」に挑んできたが、ほぼこれで完了である。



2019年9月21日(土)
本日休刊
2019年9月20日(金) ラベル920
ラグビーワールドカップ
「五郎丸ポーズ」が一躍有名になった前回のワールドカップから、もはや4年である。
次回は日本で開催と言うことは当時承知しつつも、まだまだ先のことと思っていたのに、早くも開会式の日になった。

テレビで録画を掛けつつ生観戦した。


(写真中段左;国歌斉唱の場面、右;勝った瞬間
下段、中段〇印部の拡大写真)

開会宣言は秋篠宮皇嗣殿下。この事は承知していなかった。
初戦での国歌斉唱は平原綾香さん。この事は承知済みであった。

初戦の相手はロシア。最初にトライされ危ぶんだが、その後日本が4トライ。30体10での快勝となった。

サッカーに比べ観戦して面白いのは圧倒的にラグビー。しかも、ラグビー観戦はビールを飲みながら行うものらしい。
これから6週間の長丁場である。ビール片手に大いに楽しむ予定でいる。



2019年9月19日(木)
解放
左手の薬指を骨折したのは8月22日であったから、 こちら→(2019/8/22)
ほぼ1ヶ月ぶりに「開店休業」から解放されることになった。

今日の午前中診察を指定されていて、レントゲンの撮影をし、その結果を見ての医者の判断である。
ただ、その口ぶりは太鼓判を押すというほど歯切れの良い言い方ではなく、「1月経ったのだからまあいいでしょう・・・」という感じで、そのあと「当分は酷な作業はしない方が・・・」と続いたりなど。
そして、右指については「爪はおそらく抜け代わるでしょう」といい、「念のため包帯は巻いていた方がいいでしょう」ともいう。
当初見積りは3週間であったのだが、すでに4週間を過ぎた。加齢もあるのであろう、直りが遅い。

それでも、ともかく屋外作業の許しが出た。
指に負担の少ないと思われる作業をすることにする。「ヤギ」と呼んでいる自走式の草刈り機。
様子を確認しながら始めたが、なんとかなりそう。
結果として、「一の坂」と「雑木並木」の2ヶ所を刈り終えた。


草丈は伸び、密集している。機械も時々止まりかけるほど。それでも2時間かけてやり終えた。
作業を終え手袋を外し、薄めに巻いた包帯をほどいて傷跡を確認したが、特段の異常は見えなかった。
かなり安堵である。

様子を見つつではあるが、かなり遅れている作業を挽回しなければならない。
それにつけても怪我は怖い。友の言う「加齢に伴う注意力の欠如」が原因。
心してことに当たらねば、と気を引き締めているところである。



2019年9月18日(水)
海外研修生の来訪
島根大学に留学中の海外学生が当地区を研修中で、フィールドワークの一環として地区内の家庭を訪問し話を聞いている。
地区内で20軒前後訪問するのだそうだが、そのうちの1軒に入っていて、今日午後来訪を受けた。

当初は午後の3時半から約1時間の約束であったが、1時過ぎにチャイムが鳴って出てみたら、都合が替わったので今から如何という。
受け入れの準備中であったが、構うことはない、いいですよとなってそのまま始まった。

学生さんはアフリカ、マラウイ国の人。35歳の高校教師で地理学が専門。日本では農業がいかなる形で定着しているのか、地理学をベースに研究するのが目的と言う。
昨年9月から来日中で日本語もかなり理解する。が、込み入った内容になると世話人役のSさんが通訳してくれる。

いつものパターンで里庭内の案内から始めた。
赤い彼岸花が咲き始めていて、花の説明をMが行ったりなど。
一方、例の「開店休業」で1ヶ月間手が全く入っておらず、あちこちで草が伸びている。本来ならも少しきれいなのだ、と言い訳が何度も出たりなど。

ひとわたり見回って、二合庵(小さな丸太小屋)の前に至る。
元々は母屋内で座談の予定であったのだが、小屋の前で「ここでは如何?」と問いかけたら、こちらがいいとの答え。急遽、二合庵での座談になった。

常備している椅子を出したり、湯沸かしセットでコーヒーを入れたり、で座談が始まった。


この場に定住した経緯や農業に対する考えなど、用意された質問状があってそれに答える。
そのあとは雑談会。
出身国はアフリカ中東部のマラウイ国。元は英国保護領で1964年に英国から独立とか。面積は日本の1/3。人口は1800万人弱。GDPは日本の1/1000強。農業が主要産業。

言葉はチュワ語と英語。ただし、家族間で話すときでも英語が9割とか。チュワ語を文字で表記するときは英語のローマ字を用いる。
北海道でのアイヌ言語と同じ過程を辿っている。ただ、アイヌ語は元々文字を持たなかったが、チュワ語はどうなのだろう。元は持っていたのだが、占領時に駆逐されてしまったのか。
来訪者の名前はギルバート。現地語風の名前を持つ人も無いではないが、西洋人風の名前が圧倒的に多いらしい。

明るい好青年。母国には奥さんと娘さんがいて、毎日連絡を取り合うという。時差は7時間。
娘さんや食事作りの動画も見せてもらった。
帰ったのは予定時間をかなりオーバーして4時頃。
愉快な一時であった。



2019年9月17日(火) ラベル917
開店休業 その後

8月22日に左手の薬指を骨折し開店休業に入って以来、ずっとその状態が続いている。

少し状況を振り返ると、
当該左手はその後順調に回復しつつあって、9月5日に中間のレントゲン撮影をとったところ、骨は未だ固着していないが特段の異常は認められず、9月12日には添え木を外し包帯も取れた。
ところが皮肉にも、同じ12日に右手の親指をドアで挟むという事故を起こし、今度は右手の親指に包帯を巻くという事態が発生している。
右手のことについては、13日に詳述した。 こちら→(2019/9/13)

この右手が思いのほか厄介で、13日の時点ではすぐ治ると楽観視したのだが、その後爪の下の内出血が収まらず爪の付け根がひどく疼くという状態が2日続いて、いたたまれず、今朝再度クリニックに行ってきた、と言う次第である。

今日の診断時、「溜まった血は抜けませんか」と聞いたのだが、医者の曰くは「いたちごっこで抜いても仕方がない」と処置はしてもらえなかった。ただ、「爪の付け根が化膿気味に見えるので飲み薬を出しましょう」と抗生物質のカプセルが処方された。

こんな経緯で、只今は右手の親指に包帯を巻いている。


左の怪我からするとほぼ1ヶ月経過することになるが、未だに開店休業の状態が続いている。



2019年9月16日(月) 
三浦瑠麗氏の話題の本 ラベル916

今話題の本である(らしい)。
三浦瑠麗氏の「孤独の意味も、女であることの味わいも」。

Kは8月初旬の読売、読者委員が選ぶ「夏休みの1冊」で知った。およそ20名の委員が選んだ「語り合いたくなる本」の中の1冊。

買い求めるまでもないと、図書館に閲覧希望の届を出しておいたら、2週間余りたって準備ができたと連絡がきた。他の図書館から取り寄せてもらったのだろうと書籍に貼られたラベルを見たら、邑南町の図書館ラベルが貼ってあった。新規に買い寄せて準備してくれたらしい。

「開店休業の身」もあって、3日で読み上げた。
ただし、氏はこの本を「昨年10月に10日で一気に書き上げた」と別のところで語っている。驚くべき速さである。

書評にもあるように、文章になった言葉の並びが爽やか、書評にある「穏やかで、清冽な水のよう」という形容がそれを的確に表現している。

内容にはいちいち触れない。
が、私の共感は最終章。
色々なことを体験して三浦氏が得た結論は、「いま」こそが重要だ、と言うこと。
一瞬、一瞬の「いま」の積み重ねが生きる意味なのだ、と30余歳のこの年で承知したと記している。

全く同感である。が、私がそう思い始めたのは昔ではない。本気で気づいたのはつい最近のことである。

頭脳の良さ、そして若さと美貌も、当方とは大違いであるが、せめて生き方で百分の一くらいは近づきたいと思って、この本を読み終えた。



2019年9月15日(日)
氏より育ち

唐楓の実生の苗の話である。

唐楓の実を採取し種として撒いて育てたものが大きく育った、と言う件(くだり)はこれまでに何度か触れ、その最新版は9月3日で、 こちら→(2019/9/3)
この場合大きなものは背丈が50Cm程度まで伸びてきている。

一方、同じ木になった実が自然落下し、実生の苗として発芽したものを見つけたという報告もした。
6月19日付けである。 こちら→2019/6/19)

杭を立て草刈り時にも触らないよう気を付けて育ってては来たが、その後失念していて後を見ていない。
今日思い出して行ってみた。手の怪我のこともあって芝が伸びている。杭は倒れかけているものはあったがその場に残っていた。
杭の付近を探してみる。伸びた芝の間で小さな苗をようやく見つけた。ただし数は2本のみ。残る1本の杭の付近ではしつこく探したが見当たらなかった。


(右下は6月の写真。同じ配置に並べてみた)

育苗分が大きく育ったこともあって、実生も大きくなっているだろうと予測したが、意に反してほとんど大きく育っていなかった。
野芝の陰で、土壌が肥沃でないなど条件は悪いが、育苗に比べてかなり小さい。
種は同一であるから、この育ちにの違いは周囲環境の差が働いたことになる。
正に、氏より育ち、であった。

自然環境の厳しさを知った気がした。
この事を思えば、周囲にある野生の木々はみなこの厳しい環境を乗り越えて育ってきたわけで、あだやおろそかに扱ってはいけないと、と思ったところである。



2019年9月14日(土) ラベル914
オリンピックが遠い
東京オリンピックの第2次申し込みの結果が出た。

第1回は5月に募集があって、6月に発表があった。結果は全て落選であった。
この事は以前に報告している。 こちら→(2019/6/20)

今回の第2次は、第1次で1枚も当たらなかった人が対象で、8月に募集があった。
第1回は何種類でも応募できたが、今回は1種類しか申し込みできない。しかも、第1回で埋まらなかった席が申し込みできるという条件で、何にでも申し込めるわけではない。

Mに「何に申し込む?」と尋ねると「オリンピックなら何でもよい」という。
空席を探して申し込んだのは「馬場馬術」という競技であった。
世田谷区の「馬事公苑」という「馬」のメッカで行われる競技で、雰囲気が良かろうと申し込んだのであるが、結果は期待に反してNGとなった。


発表があったのは今月の11日。当日にメールが届いて、同時にネットでも確認できた。

これからも募集があるといわれているが、当たる確率はかなり低そう。
それでもMは、「最後の手段はマラソンの沿道観戦」と、あくまで頑張る気らしい。



2019年9月13日(金) ラベル913
「本日休刊」の仔細
一昨日(11日)、「本日休刊」とした事の顛末である。

時間は丁度お昼時Mが忙しそうにしているので、昼食でも作ろうかと裏の下屋に出た。
その帰りのことである。
左手には玉ねぎを持っていたはずで、ドアの手前で何かにつまずき前方によろめいた(記憶がある)。
次に記憶があるのは、右手の親指をドアに挟んだ図であった。右手を引くとドアは容易に開き、挟んだ親指の手の平は少し切れ、爪の下は既に紫色になっていた。
家に入り、血を洗い落としてバンドエイドで応急処置をする。
そのうちMも帰ってくる。病院をと考えたが、いつものクリニックは午後休診であった。

事故の様子が判然とせず、再度下屋に出てみた。
事故の次第は以下と推測される。
ドアの前に5Cmほどの段差がある。これにつまずいた。そして目の前には半開きのドアがある。咄嗟に右手でドアを掴む。ドアの開き角度が90度を超えていたらドアは開き方向に動くのだが、それが狭かった。
掴んだ力でドアは閉まり方向に動いてそのまま手を挟んだ、と言うことであろう。

バンドエイドでそのまま過ごす。夜はひどく疼いた。

昨日(12日)は朝一で病院に向かう。
先生が「また指ですか」といささか呆れ顔。レントゲンをとり、結果を見て「今度は大丈夫でした」と笑いながら答えてくれた。
爪の下の血を抜くという。横になって処置を受けたので施術は見ていなかったが、小さなドリルで穴を開け、血を抜いたのだといわれる。
起きて爪を見ると、小さな穴が3個あり、紫色はかなり薄くなっていた。
包帯を巻いて、「明日様子を見せに来てください」ということになった。

そして今日である。少し遅れていったらひどく混んでいた。ようやく呼ばれて診察室に入る。
包帯を解いて、「もう大丈夫でしょう。包帯はいらないでしょう」と外してくれた。
思いがけず早い処置で、「濡らしてもいいですか」とたずねると「いいですよ」という答えもあった。

あまりに速い経過に少し油断が過ぎた。

午後少し動いたら爪の下にまた血が出てきた。迷った結果であるがまた病院へ行く。
「ちょっと早かったな」と先生はまた包帯をまいた。


この3日間の顛末記である。
身から出た錆とはいえ、情けない話である。




2019年9月12日(木)
月下美人

月下美人が初めて咲いた。
Mが娘から数年前に苗をもらっていたもの(らしい)。裏の下屋下で育てていた(らしい)。
今年初めて蕾が付き、2日前表の窓際に移動した。
咲くのは、木曜か、金曜か、と言っていたのだが、今日の夕方Mが「蕾が大きくなった感じがする。今晩咲くかも」と言い始め、それ以降はMは付きっ切り。

KはMからもらう情報を得て、いいとこのつかみ取りであった。


20時44分頃が最盛期と思われる。

夜咲いて受粉はどうするのだろう、とネットを調べたら、コウモリに受粉させるのだという。

少し話がずれる。Kは昔、月下美人の花を見た経験がある。
場所は富山医科薬科大(現在は富山大医学部)。腰の手術で3ヶ月入院したとき。
映像を保存していたのでここに出してみる。



余談;昨日の怪我、今朝診察を受けた。骨は折れていないという。爪の下の内出血がひどい。一応処置。
明日も受診の予定。詳報は別途するかも。



2019年9月11日(水)
本日休刊

昼頃、右手親指を怪我。行きつけのクリニックが午後閉院で診察を受けられず、明朝のよてい。
そんなこともあり、とりあえず、本日休刊。

2019年9月10日(火) らべる910
キャッシュレス決済 その3
前回はSuicaを断念した、という報告であった。 こちら→(2019/8/28)
所有するスマホが韓国製のため「お財布機能」がついておらず、手元でSuicaにチャージする手段が得られなかったためである。

Suica 最強説の理由の一つは1枚で「交通」も「買い物」もできる点である。
ただし、この田舎に住む身であれば普段の移動はMyCarに限られ「交通」として電子マネーを利用することはほとんど無い。
次善の策として、「交通」用は従来から採用していたICOCAを残留させ、新たに「買い物」用の電子マネーを作っても良いではないかと思い始めた。この場合、手元でチャージする方法があると言うのが前提である。

Suicaを調べているときに、一つだけ有望な情報を得ていた。
前報の最終部に記述している「目星」のことである。

「楽天Edy」というアプリがあって、このアプリを使えば、所有するスマホで電子マネーにチャージできるという。
電子マネーは「Edy」という名で楽天が運営するもの。
「楽天」は好みではないが背に腹は代えられぬ、調べてみることにした。

最初は、「Edy」がこの田舎で使えるか、という問題である。
8月12日(こちら→)に撮った写真など見ると、どの店にもEdyの名が載っている。むしろ交通系電子マネーより電子マネーとしては普遍的なものであるらしい.

「Edy」を試してみることにした。
どこで入手するのか、から始まった。ネット通販の「楽天」であった。
「楽天」はこれまでに何度か利用したことがあり、すでにIDも持っている。
発注した。3日後に到着。価格は300円なり。

手元からチャージするためには、カードに諸情報を登録しなければならない。
調べながらの作業になる。
そのうち、スマホを経由しなくても、パソコンでチャージする法が見つかった。
「楽天e-NAVI」というシステム。
最初はこれで試すことにした。


試行錯誤しながらなんとか入力をする。やっとのことで出来上がった。
結果は、チャージもできるし、買い物もできる。
当初の目的の、「自宅でチャージできる電子マネー」を入手することができたことになる。

ところが、作業はこれで完了とはならなかった。
先の手続きを調べているうちに昨今の電子マネー事情も判ってきて、それは「便利」という利点のほかに「ポイント」という別の利点もあるらしい、ということである。
そして、楽天は前者より後者の方をむしろ売り物にしていた。

楽天には「楽天カード」という年会費無料のクレジットカードがあり、このクレジットカードからEdyにチャージするとチャージだけでもポイントが付くという。
さらに「楽天Edy」とか「楽天ポイント」と言うアプリ(無料)を利用すれば、ポイント率がアップするともいう。

クレジットカードを増やしたくはなかったが、全て無料で、ポイント効率がアップするならと、これらに挑戦することにした。

「楽天カード」を発注し、アプリをダウンロードして、これらを全て関連付ける。
結構大変な作業であったがなんとかやり終えた。
チャージはスマホからいつでもどこでも可能である。


でこの結果であるが、1000円の買い物をこのシステムを使って行えば、最低25ポイン(25円相当)が付与される。
一方、先に述べた「楽天e-NAVI」だけの場合は5ポイントしかつかない。
5倍の高率になる、と言う次第である。

1000円で25円と言えばその評価はわかれるが、今度の消費税の増税は2%の増税で、金額でいえば1000円購入で20円の増税である。これをカバーすると思えば馬鹿にはできない。

これまで紆余曲折を経つつ導入した今回のキャッシュレス決済は、田舎でも十分に使えるものが出来あがり、しかも、増税分を吸収するという思わぬ効果もある、優れものと思われる。



余談;今回の楽天相手の手続きは相当手こずった。
質問の電話が通じず、メールの手段も限られている。
子会社が多数存在し、たとえば、「e-NAVI」と「楽天Edy」は別の会社で作っていて、質問しても自分の会社でないと断られたりする。ネット情報もかなり入り組んでいて分かりずらい。 未だに分からない部分が相当ある。
これは「個人の感想です」、がとりあえず。
まあ、使えるようになったので、それでよいのだが・・・。



2019年9月9日(月)
蟻の不思議な大工事

Kは今日初めて見たがMに言わせると昨日からあるらしい。
蟻の仕事である。

両端に何やら構築物らしきものがあって、この間を両側に砂を積み上げた溝のような通路を作り連結するというもの。
そして溝(通路)の長さはほぼ2.5メートルある。

以前、マムシの子供の死骸を蟻が砂で覆う場面を見たことがある。 こちら→(2016/9/4)
この時は意味不明としながらも食料備蓄と推測できたが、今回は何の目的の大工事か全く分からない。

かと言って長時間かけて調べるという探求心もなく、せいぜい小欄のネタにする程度の熱量しか持ち合わせっていない。



2019年9月8日(日)
夕焼け

2階から階下に降りようとして西に面する窓際まで来たら突然の真っ赤な空であった。
電線は気になるが、階下まで下りずその場で写真に収めた。

ふと用事を思い出し、部屋に戻って再び窓際に来ると、もう先の朱色の空は消えていた。
この間は2、3分のことと思うが、先の燃えた空は幻であったか、と思うほどであった。

明日も晴れの様である。

それにしても、この数日は異様に暑い。
一旦涼しさを体感したので、このぶり返しの暑さは身に堪える。



2019年9月7日(土) ラベル907
松方コレクション

上野にある国立西洋美術館が今年開館60周年に当たるということで、色々なイベントが催されている。
この国立西洋美術館の開館には、「松方コレクション」という西洋絵画の収蔵品が大いに係わっているらしい。
NHKも例外でなく、これに関わる番組をいくつか放送していた。
その一つが「日曜美術館」。Mが録画をかけていた。

しかし当初Kは、この事にあまり興味がなく、Mが見る番組を横目で見る程度であった。

ところが、思わぬことで事態が替わることになった。
発端は図書館である。
2週間前のこと、開店休業の身であるから、いつもは避ける小説でも借りようと思い立った。
話題の本が平置きしてあるコーナーがあって、その中ででたまたま目に入ったのが、原田マハ著の”美しき愚か者たちのタブロー”という長い名前の小説。
かなり昔、原田マハのもので”奇跡の人”という小説を読んだことがある。事実?と思い込むくらい筆力のあるフィクションであったことを思い出して、借りてみることにした。
同時にいつものように、雑誌も借りた。文藝春秋7月号。

小説は「松方コレクション」に係わった人の話であった。吉田茂が登場したりなどする。
優れた筆力もあって難なく読み進んでいたのだが、章が代わって、時代が昔に戻ったり、登場人物が錯綜したりなど、理解に苦しむ場面が発生してきて、一時読むのを止めていた。

そんな折り、文藝春秋を開く気になった。目次を見る。
原田マハ氏による文で”「松方コレクション」超入門”という文字が目に入った。

8ページにわたる寄稿で「松方コレクション」が何たるものか詳述している。
「松方コレクション」はかなり数奇な運命を持っていること、自分の書いた小説がどんな立ち位置にあるかが読み取れた。

予備知識を得て、再度小説を読み進める気が起きてきた。今度は理解できる。

一気に最後まで読み終えた。
最終ページに「この物語は史実に基づくフィクションです」とはあるが、多くの部分が事実なのであろう。
正に「事実は小説より奇なり」である。

これら二つの読みもので「松方コレクション」にがぜん興味がわいてきた。
改めて「日曜美術館」を見直してみる。
面白い話題と優れた映像を鏤(ちりば)めた好番組であった。


余談;小説の中に松方幸次郎の生い立ちを記述した個所がある。
松方幸次郎は明治時代に総理大臣を務めた松方正義の3男であるが、なんと正義は15男7女の子沢山らしい。この記述は史実で、まさかフィクションではなかろう。



2019年9月6日(金)
くらしのこよみ

スマホアプリの話。
今日の小欄タイトルがアプリの名前でもある。
製作元は平凡社で、価格は無料。


日本古来から用いられた季節の区切りである、「二十四節季」と「七十二候」に沿う話が掲載される。

体裁は絵巻物風になっていて、画面を繰ると内容が次々と変わる。
最初、「二十四節季」と「七十二候」の説明があったのち、この季節を詠んだ俳句がでて来る。俳句の説明が続く。さらに繰ると、旬の魚や旬の野菜、果物の話になる。それぞれ写真が出たり絵が出たり、説明文もある。
全部合わせると結構長い。

どこで見るか。
Kの場合、昨今ははトイレでみることが多い。トイレで読むのに丁度良い長さの絵巻物なのだ。
スマホはほぼ常時身につけているので、思い出してはトイレで読むことになる。
「七十二候」に沿って更新されるので、ほぼ5日ごとに内容が新しくなる。これも、便秘気味で、毎日用のないKにとっては、丁度良い更新になる。

いつ頃から見始めたかは定かでない。かなり古い。
まさかと思いつつ、iPad を立ち上げトップ画面を探したら後ろの方にアイコンが載っていた。
iPad を使い始めたのは2011年であるから、7、8年は見ているのかもしれない。
当時は昨今ほど読んでいなかった気がするので、熱心な読者とは言えないが、愛読歴と言えば長い方になるのかもしれない。

無料のアプリにしては広告も出ず、すっきりした気持ちの良いアプリ。
Kは利用していないが英語版もあるという。

お薦めのアプリの一つである。



2019年9月5日(木)
開店休業 その3

左手の薬指を骨折してまる2週間になる。
診察の指定日で病院に行ってきた。今日はレントゲンを撮ることが予め予定されている。

怪我をしたときの診断で骨折と判ると、医者は「まあ、3週間はかかりますね」と宣告を下していて、この期間の覚悟はしているのだが、それでも、ひょっとして、今日のレントゲン結果で「治っています」ということは起きないかと、淡い期待を抱いて診察を受けたのだが、やはりだめであった。

レントゲン結果は、「異状なく回復はしているが、割れ目がが残っていて、完全には固着していない」と言うことらしい。「外仕事はまだ駄目」と判断が下った。

当初の添え木 こちら→(2018/8/25)
に比べ1週間たった時点で添え木は随分小さくなったが、今日も医者は「添え木はとれませんね」と言い、見た目の改善は行われなかった。


少なくとももう1週間、外仕事は無理の様である。

この時期、2週間周辺維持を放棄すると、草はかなり伸びる。
奥の方は見て見ぬふりをするとして、人目につく前庭は、Mが見かねて昨日と今日草刈りをしていた。

話がずれるが、一旦涼しくなった気候であるが、昨日今日と暑さがぶり返している。
涼しさを体感した身には、暑さが応える。



2019年9月4日(水)
日の出のこと

朝、一仕事終えて新聞を取りに玄関を開け、外に出たときの出来事である。
電灯がパット点いて、鉄砲百合の白い花が、眼前に浮かび上がった。

一瞬の出来事で少しびっくりの状況ではあったが、たまたま、スマホを持っていたので写真に収めた。

我が家では防犯と来客の便に供するため、赤外線感知の防犯灯を玄関先に設置している。
この防犯灯は明るい時は感知せず、暗くなると何かの移動物体を感知して点灯するようにセットしている。
この防犯灯が、私の動きを感知して点灯したという次第であった。
花は数日前に記載のもの。今が盛りで咲いている。

時刻は5時半ころであった。
外はまだ白々の状況。
そうか、日の出の時間が遅くなったのだ、と気がついた。

これまでは、外に出た折り、防犯灯が点くことはなかった。夜が明けていたからである。
思わぬ出来事で、季節の移ろいを感じる次第となった。

今年の夏至は6月22日であった。それから2.5ヶ月。
一体、どれほど遅くなったのか。

以前、日の出・日の入りを検討したことがある。 こちら→(2016/12/22)
この折り利用したサイト こちら→
で、八色石の夏至と今日の日の出時刻を計算してみた。

余談;サイトは進化していて、以前は八色石の位置や標高は事前に調べておく必要があったが、今回はGoogle Map で八色石の場所を指定すれば、自動的にこれらの値が挿入できる仕組みになっていた。

夏至の日の出は4時52分
今朝の日の出は5時40分
48分遅くなっている。
遅くなったのが体感できる時間差であった。


特に意味はない。朝のちょっとした出来事の話である。



2019年9月3日(火) ラベル903
唐楓の発芽 その4
7月21日の続きである。 こちら→(2019/7/21)

7月21日は半分ほど大きなポットに移植し様子を見ることにしたが、ほぼ1月近くはその状態で経過した。
結果として目だった違いは見られない。
折しも盛夏。日照りが続きポットの水はすぐになくなる。
特に小さなポットは、朝散水しても夕方は葉がしおれる感じになる。
と言うことで、8月中旬残りのポット苗も大きなポットに移植した。
で、今日に至る。


この間に来客があれば、「苗は如何?」と勧めたりなどし、「ありがとう」と持ち帰るひともあれば、一方「大きくなるから要らない」という人もあったりなどで、結果として40個程度のポット苗が残っている。

予想外に成長し、大きなものは50Cm近くにまでなった。小さなものでも30Cmはある。

昨今我が家でこの苗の始末が話題になる。
秋が深まれば里庭内に何本かは植えるが、全て植える訳にはいかない。かといって、冬になれば雪が深く、冬越しは出来そうにない。どうするか、という話である。
検討の結果で方向性がみえつつはある。追って、報告するかもしれない。

こんな折り、唐楓の成長ぶりを写真でまとめてみようかと思いついた。
過去の膨大な写真の中から、成長の過程が判るものを抜き出すという作業である。2時間余りの時間をかけて出来上がったものが次。


里庭の歴史の一つである。



2019年9月2日(月) ラベル902
夏を表現

芥川氏の先月のコラム、時の余白に。
昨今の異常気象を、夏の兆しを、精密な言葉で表現してある、さすがに物書きのプロだな、と思いつつ映像で切り抜いておいた。
切り抜き法は こちら→(2016/5/15)

切り抜いた時点で安堵しこのことを忘れていたのだが、今日諸々の切り抜きを整理しようとパソコンに向かった折り、
整理法は こちら→(2016/5/16)

再び目に入り再読してみた。

氏がとり上げた、黒川喜二郎の「夏の昼」とはどんな絵なのだろう、と思う。
黒川喜二郎もましてや「昼の夏」も、これまで全く承知していない。

こんな時のネットはまことに重宝である。
上記、二つの単語を入力して検索を掛ければたちまちのうちに望む情報がいくつか現れた。

このうち、最も画像サイズが大きかったもの。 目黒区美術館のTwitter。 こちら→
絵画の部分を取り出すと、次のようなものであった。

勿論初めて見る絵。
この絵を芥川氏は、長々としかも的確に文字で表現する。

文字を追いながら絵を見ると、絵を見るプロ(美術評論家)の絵の見方が読み取れた。

絵で夏を表現する黒川、文字で夏を表現する芥川、プロの腕前は大したものだ、とほとほと感じ入った次第である。



2019年9月1日(日) ラベル901
鉄砲百合
期せずして一昨年も9月1日に同じ話題を載せている。 こちら→(2017/9/1)

正式名はシンテッポウユリと言うらしい。
毎年同じ時期に、同じ場所に咲く。


中央に見える株が古くて大きいが、今では茎の数が6本で、花(蕾を含む)の数は数えてみたら26個もあった。

この百合、我々が植えたものではない。どこからか種が飛んできて自然に生えたものである。
そして、いつも、石と土との堺など辺鄙な場所に根付く気がする。
も少し平らで自由な場所に咲けばよいだろうにと思うのだが、百合自身にはそれなりの理由があるのであろう。

以前、正しい書名は忘れたが、植物が持つ不思議な性質について記述した本を読んだことがある。
それによると、植物は自分たちの命をつなぐため、それぞれが戦略を立てそれに従って進化するとあった(気がする)。
鉄砲百合が辺鄙な場所に根付くのも、それなりの戦略があるのであろう。
不思議なものだ。

朝、新聞を取りに玄関を出ると目の前で咲いている。
植物の不思議を感じたので、再度とり上げる気になった。
進化の跡が見えない話である。


Kの散歩帖