(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2020年11月30日(月) ラベル1130
榾木作り
今月初旬、瓢箪から駒で思い出した作業 こちら→(2020/11/7)
椎茸の榾木作りにようやく着手した。
作業予定表には記載していたのだが、この間に優先すべき事項が重なって今日まで伸びた次第である。

裏山で切り倒すのだが、候補の個所は3ヶ所あって、その中で一番やりにくい箇所を選定した。
段々と年を取るわけで、楽な方を後に残したということになる。

この作業は、若干の危険を伴う。万一のことを考えMに見張り役を頼むことにしている。
見張りついでに、雄姿を写真に撮ってもらった。


中段は連続写真になっていて、木が倒れる様が左から順次写っている。
切り倒した木は合計で6本。いずれもミズナラである。
一番太い木の直径は40センチメートル以上はあった。

集落に住む”山のプロ”の話では、榾木は切り倒したまま、枝などは切らずに放置するのがよいと言われる。
言に従って、美観と通行の2点で邪魔になる枝を少し処理して、後は放置した。
春になって植菌の時に、処置をするつもりである。

6本の内の1本が山側に傾斜していて、それを下方に倒すため、木にロープをかけてミニウィンチで引っ張るなどして倒したものもある。こんな作業や枝の処理を含めて2時間の作業になった。

我が家の榾木作りは2年に1回がルール。
今回の切り倒しでも少々疲労を覚えた。残る2か所を切れば80歳を超すことになる。
我が家の椎茸作りも、ここらあたりが限界かもしれない。




2020年11月29日(日) ラベル1129
「パントリー」システム
「パントリー」とは、アマゾンで買い物をするときの購入方法の一つである。

これまでアマゾンは便利である、と何度か報告した。特に田舎に住むKにとっては必須アイテムになっている。
書籍とかパソコン用品とか文房具とか、場合によっては草刈り機部品まで購入したてきた。
比較的に単品単価の高い品物で、年会費を払っているので、原則送料は無料である。

一方、比較的に単価の低い日用雑貨とか食品などは、大量にまとめて発注すればアマゾンでも購入できるが、単品では「パントリー」という有料の方式によらないと買うことが出来ないのである。

現在は、これら日用雑貨などの買い物は全てM任せで、しかも「有料」ということもあって、「パントリー」で買い物をすることはなかった。

しかしながら、万一ということもあるわけで、Kが一人になって生活をすることもありうる。日用雑貨なども自分で調達しなければならない。
今後の生きる術として、どこかで「パントリー」を利用してみようという気はあった。

そんな折今回、丁度良い品物を買う機会が生じたので「パントリー」を利用して買い物をしてみた。

「パントリー」とは、詳しくは こちら→

一言でいえば390円ほど支払えば、ひと箱に入るものをその箱1杯分買い物ができ、配達してくれるというものである。
こういえば、満杯になるまで買わなければならないかという気もするが、そんなことはない。
必要量だけ購入し、後はガラガラでもよい。

そして、年会費を払っていて、さらに有料で買い物をするのは馬鹿らしい気がしないでもないが、Kの場合車に乗って町内の一番近いスーパーまで買い出しに行けば往復でガソリン代が250円かかる。
家にいて注文し、翌日(遅くても翌々日)に品物が配達されるなら、390円は高くはないとも思われる。

結果である。昨日発注して今日届いた。


箱の外形寸法は横45Cm、縦26Cm、高さ24Cmであった。
内容はノンアルコールビールの6Pパックを5種類である。ノンアルコールビールの24Pパックなら通常購入できるが、6Pパックは「パントリー」でしか購入できなかった。
これで、容積率は70%くらいと思われる。

ノンアルコールビールの5種類の訳はいずれまた。



2020年11月28日(土) ラベル1128
マイナポイント その後
以前、マイナポイントの登録を完了した、と報告した。 こちら→(2020/9/4)
マイナンバーカードを取得し、使用するキャッシュカードとしてEdyを「予約・登録」するまでの過程である。

使用した金額の25%がマイナポイントとして還元されるのだが、還元の方法はカードごとに違うらしい。
Edyの還元法を調べたら、Edyで買い物をした時点ではなく、Edyにお金をチャージした時点で付与されるとあった。

マイナポイントの制度は9月から始まっているので、9月になってからはEdyにチャージするのを気にかけた。
履歴を調べると9月15日に5000円、9月29日に8000円、Edyにチャージしている。
それぞれチャージした以降、ポイントが還元されたかどうか、Edyの履歴を調べてみたのだが一向に還元された気配が見えなかった。

なぜだろうと考えた。
思い当ったのは、チャージ日ではなく引き落としの月日かもしれない、ということである。
Edyの場合チャージ金額が口座から引き落とされるのは、月末締めで翌月の27日である。それなら10月27日以降にEdyの中を見ればよいことになる。

一時放念して10月末月末まで待つことにした。

思い出して、10月末になってEdyの履歴を見たのだが、還付された形跡がない。
理由をいろいろ考えたが、思い当たる節が見つからないのである。
もしや、登録が完了していないのかと、そちらを調べると、登録は完了している節が強い。
Edyの発行元の楽天にメールでも打って問い合わせてみようかとも思ったが、楽天はもの凄く広い分野で事業を展開していて、どの部門にどう問い合わせすればが分からないという次第であった。
どうせ遊びである。還付をあきらめるかと思った時期もあった。

そんな日がなんとなく続く。
それでも、5000円が欲しいというより、チャレンジが成功しないというのが悔しいのであった。

数日前のこと、もう一度調べることにした。ネット情報でEdyの中をくまなく探す方法である。
質問コーナーの中を調べる中で見つかった。
Edyの場合、自動的には還元されず、「取得」行為をしなければならないらしい。
「取得」はどうすればよいのか?
「おサイフケータイ」の機能があるスマホなら簡単にできるとある。ところがKの場合は「おサイフケータイ」の機能がない。
しからばどうするか。
と、すったもんだの苦闘の末にようやく5000円をゲットしたのであった。
結果である。


ポイント還元として5000円Edy上に載っている。

ただし、若干分からないのは、10月の引き落とし額は13000円である。13000円の25%なら3250円のはずであるが、なぜ5000円付与されたのであろうか。
9月分引き落とし額が合算されたのか・・・。

昨年実施された、増税に伴うキャッシュレス還元は簡単で分かりやすい制度であったが、今回のマイナポイントは、難しく複雑怪奇な制度である、印象が強い。

ともかく、5000円が上限であるから、これを持って全てが完了である。
8月から始めたマイナポイントへの挑戦がやっとのことで終了した。
めでたしめでたし、である。



2020年11月27日(金)
落ち葉焚き その2
昨日の続きである。

朝から雨かと思っていたのだが、予報では、降るのは午後という。
それなら、昨日の続きで、濡れる前に焼くのが良いと判断した。
昨日頑張りすぎたのか、少しばかり腰が痛く休みたいところではあるがそうも言っておられず、挙行することとした。


落とすとき、焼く場所を想定して2か所に分けて落としておいた。

予定先で火点を作り焚くことにする。
シートの下は乾いており、それ以外で、夜露で湿っている箇所もたいしたことはなく、容易に燃え始めた。

掻き落とした葉以外に、傾斜にも落ち葉があり、それらも掻いて落とすことになる。
更には、落とし先の平地に、柿の木が2本、無花果の木が1本、大きな葉を落としていて、これらも一緒に焼くことにした。

落とした葉を焼くのみなら余裕の作業になるが、上記の作業も合わせて実施で結構忙しい仕事になった。

煙はゆっくりたなびくが、感じる風はほとんど無い。さらに、一時は陽がさすときもあって、小春日和の感がないでもない。
腰を気にしつつではあったが、気分的には穏やかな作業になった。要した時間は2.5時間。
これで、「秋じまい」の仕事は粗方完了である。



2020年11月26日(木) ラベル1126
落ち葉焚き
午前中は3ヶ月に1回の邑智病院定期健診に行ってきた。
午後の作業になる。

昨日の続きで、し残した半分の雪折れ対策も考えられたが、明日から3日間雨が降るという。
雪対策は雨後でもできるが、落ち葉焚きは濡れる前にしたい。
こちらを優先することにした。
一昨日に実施した公孫樹の落ち葉掻きのもう一段上部に当たる個所になる。
ここには、柏や楢などのドングリがなる木の葉が主として落ちている。
こちらも、木が次第に大きくなり、落ち葉の量も増えている。

昨年までは、散発的に、部分部分処理していたのだが今年は一括して処理しようかと考えた。
一括処理は初めての経験で処理の方法が定まっていない。当初は運搬車で運んで処理するか、と運搬車を用意したが、掻き集めを始めて処理方法を変更した。

上り方向に向かって、左半分はその場で焚き、右半分は集めてさらに一段下がった畑に落として焼くという方法である。


焚く場所は上下で2か所作った。
一気には燃え上がらないので、落とす個所のかき集め作業と並行して、焚いたり集めたりという同時作業になる。
焚き終わった時期に集め作業も終わる、という丁度良い塩梅な作業になった。

下の段に落とした葉の焼きまでは手が回らす後日とした。
集めてあるので、濡れるのは上部だけになるはずで、さらに一部にはシートで覆いをした。
ここまでで2.5時間の作業になる。
老骨にはかなりハードな作業でもあった。



2020年11月25日(水)
「冬ごもり」の準備

昼前から出かける用事があったが、その前に小1時間「冬ごもり」の準備作業をすることにした。
雪による雑木の柄折れ対策である。
樹木の雪対策としては兼六園の「雪吊り」が有名であるが、当方のはそのように美的ではない。
むしろ、目立たないように行うのがコツである。

黒色のビニールテープで枝と枝を結んだり、ぐるぐる巻きに縛ったりする。

およそ30本実施したところで今日は中断した。
おそらく必要量の半分行ったと思われる。

毎冬行っているのだが、昨冬は全く役立たなかった。というのは、暖冬でほとんど雪が積もらなかったためである。

予報では、今年は寒いといわれる。
寒い時期には寒いのが良い。
枝折れ対策が役立った、と言うくらいは降ってほしいものである。



2020年11月24日(火) ラベル1124
公孫樹の落ち葉掻き

数日目を楽しませてくれた公孫樹の落ち葉であるが、色もあせて茶色に変色し始めてきた。
天候も悪くない。「秋じまい」の最終盤として落ち葉掻きをすることにした。

今月16日に記述したように、公孫樹は毎年大きくなっているわけで、その分落ち葉の量も毎年増える。
以前は半日かければ終わっていた気がするが、今日は午前午後かけて、5時間を要した。

公孫樹の落ち葉は落ちた当初は湾曲した形状を保っていて、フワフワと重なり、色も鮮やかで、その綺麗さを皆褒めたたえる。
しかしながら、数日たつと折り重なって地面に貼りつき、色もあせて厄介な代物となる。
里庭の場合は、この公孫樹が立つところの奥に捨て場所を作っていて、かき集めた落ち葉はそこに捨てるのだが、他の”公孫樹の名所”は落ち葉をどう処分しているのだろう、といつも不思議に思う。

余談;疑問が起きたついでにWEBを調べたら、公孫樹の落ち葉でも堆肥化できる、という報告があった。
東大のもので こちら→

かき取った後の景色はそれなりに清々しい、と思っている。



2020年11月23日(月)
「選挙人」制度の意味
世界中の耳目を集めた(ている)アメリカの大統領選の制度を解説している。
昨日の読売記事。
少し長いがそのまま掲載した。


米国大統領選の仕組みについてはテレビをはじめあちこちのメディアが教えてくれる。
「選挙人」という制度があり、大半の州では「総取り」方式という仕組みで選挙人を選ぶ、と。
しかし、なぜ、このような複雑な仕組みを導入しているのかという、制度の意味を教えてくれるものに出会ったことはこれまでない。
この記事はその制度の意味について(私見も含めて)解説している。

一言でいえば、「多数を握ったものが、少数者の自由を奪うことを何としてでも防ぐ」ためなのだという。
そして、この考え方は選挙に限らずアメリカの制度のあちこちで機能しているともいう。
我々は、多数決で決めるのが民主主義と教えられたが、それだけではない、という考え方らしい。

「トランプ氏という特異な人物を選ぶとは、アメリカも落ちたものだ」と、この4年間思っていたが、「トランプ氏を選んだのも、そして今回拒否したのも、アメリカ民主主義の成功」なのだという。

”民主主義の先人アメリカ”と気づかせてもらった。

ほぼ1年かけて大統領を選ぶアメリカ。
リーダーが変わる可能性が絶無の中国。
1週間でリーダーの趨勢が逆転した日本。

その国に生まれたものの宿命である。変えようがない。



2020年11月22日(日) ラベル1122
新嘗祭

毎年この時期の日曜日に行われる集落の神事である。
春と秋に執り行われる祭りと合わせて、集落の3大神事になる。

午後からは雨になると予想されているが、午前中は爽やかな秋晴れになった。

お祭りは集落の鎮守様である龍岩神社で行われるが、この新嘗祭は神主の境内にある小さな祠の前で実施される。

参加者は20名位。

例年は神事の後に、豚汁や善哉などが振舞われる直会があるのだが、 例えば こちら→
今年はコロナ禍で取りやめになった。
コロナの影響は甚大である。

それでも、穏やかの陽の中での小さな祭事は、こころの和む一時ではあった。




2020年11月21日(土)
イノシシの穴埋め
不定期ながら年に2、3度は行う作業である。
イノシシが掘った穴をまとめて穴埋めする作業。

寒い朝が戻ってきたが、陽が出て暖かくなってきたので行うことにっした。
普段は「雑地」などと呼ぶ山手が多いのだが、今回は母屋周辺が大半である。
しかも、木の根元とか、石垣の根元とかの、何某かの際を掘り起こしている傾向が強い。


(上段は作業前、下段は作業後)

元々、イノシシが掘り起こす理由は地中にいるミミズなどの虫類を食べるためと思われるが、今回は「そんなところに虫がいるの?」のと訝るほど、深く掘り起こしているケースがある。
写真左から2番目は桜の木の根元、一番右は薪小屋の後ろの石垣の根元なのであるが、深さ50センチメートル位まで掘り起こしている個所がある。桜の根元は桜の根で3センチくらいあるものを食いちぎってまで掘っている。
虫探しより、穴を掘るというのが目的になっているような気もした。
目撃したわけではないが、若いイノシシが面白半分に行ったとも思われた。

当地などではイノシシが出るのは当たり前。
共存共栄と諦めている部分もあるが、今日などは2時間余り要して腰も痛くなり、恨めしくなって来る部分がないでもない。

まあ、それでも、年に2、3度行えば済むこと、と大人ぶることにしよう。



2020年11月21日(土)
無謀な望み

昨日の読売投書欄の記事である。

孫が理想の「祖父」と敬慕の念をいだいている。

Kもここに描かれた祖父像のように生きたいと望んではいる。

例えば、新しい事象に拒否感を持たないようにと心がけ、新聞やテレビのニュースもできる限り採りこぼさないよう努めているつもりである。
しかも、20と言わず30歳近い友人(と、当方は思っている)女性が2人いて、LINEを繋ぎ、今春は里庭で「花見」を計画したが、コロナ禍のために断念したという経緯もある。

ただし、残念ながら我が孫は只今6歳。
孫が我が方を呼ぶときは「おじいちゃん」、「祖父」と呼んでくれるまでにはまだ相当時間が掛かる。

投書記事のように、孫が「祖父」と呼んでくれるころまで矍鑠(かくしゃく)と生きたいと思いはするが、当初記事の方の年齢は36歳。
我が孫がこの歳になった時はKは106歳になる。

「祖父」と呼んでくれる時期までは到底生きられない。
無謀な望みであった。



2020年11月19日(木)
公孫樹の落葉
公孫樹の落葉のことである。
例年なら、霜が降った朝にサラサラと音を立てながら一斉に落ちる光景が見られるのだが、今年は比較的早く霜の朝が2回来てその後は霜が降りなかったため、一度に葉が落ちるということなく、パラパラと何時ゆうことなく葉が落ちていた。

一昨日と昨日でかなり落ちたと思っていたが、それでも今朝見るとまだすこしばかり残っていた。

ところが、今日は風が強い。
物干し竿に布団を干していたら、風で物干し竿が倒れるほどである。
この風で公孫樹の葉も飛び散った様子。
午後に見上げたら、ほとんど飛んでなくなっていた。


下は黄色の絨毯である。

数日はこの絨毯を楽しんで、そのご落ち葉掻き。
これで我が家の秋が終わりになる。



2020年11月18日(水)
里芋ほり

我が家の野菜つくりは原則Mである。
Kが行うのは、依頼を受けてのミニ耕運機で畑の掘りこし。
そして、例外的に行うのが、じゃがいも掘りと里芋ほりの手伝いである。
今日はその後者をした。

テレビの気象コーナーでも報じているが、この数日記録的な高温が続いている。当地もその例外でなくかなり暖かい。
朝の10時から始めたのであるが、初めからセーターを脱いで作業にかかった。

茎を鎌で切ってのち、スコップで堀起す。
Kがこの作業を担当した。
Mが掘り起こした株から芋を離して箱に収める作業をする。

掘りだすときは「出来はかなり良い」と判断したが、切り離した芋は用意した箱の2つに収まった。
Mはも少し多いと事前に予測し、箱を4個用意していたので、2箱に収まったのが不満らしい。
今年の芋は貴重品だとぼやいていた。

作業は1時間弱。小春日和の中でほっこりの作業になった。



2020年11月17日(火) ラベル1117
公孫樹の成長推移 その2
昨日の続きである。
現在の公孫樹の木の実高さを測定する話である。

高さを測定する方法はいくつか考えられる。
@比較的近場から、分度器のような測定具で仰角を測り、公孫樹までの距離を測定して計算で求める法。
Aスマホのアプリに高さを求めることが出来るものがあり、それを使う法。
B比較的遠方から、実寸が測定できるものと公孫樹を同時に写真に収め、実寸が測定できる対象物の大きさから公孫樹の高さを計算して求める法。

今回はBで実行することにした。
最初は実寸の測定対象を母屋の軒下の高さにしようかと考えたが、母屋と公孫樹との間に奥行き方向に差がある。この差が誤差を生じる可能性もあって、他のものを探すことにした。
家周りを探していると格好のものが見つかった。竹製の熊手である。穂先が大きく目立つ。
遠方からも見えると判断した。
この熊手を公孫樹の直下に置き、写真を撮影して、熊手の写る大きさから公孫樹の高さを計算するのである。


熊手を公孫樹の幹に逆さにしてたてすけて、100メートルくらい離れた県道まで出てみた。
くっきりと見える。
写真に収めた。

この熊手の高さは149センチメートルである。写真を大きめに印刷して、両者の高さを測定した。
熊手の長さから公孫樹の高さを計算すると、21.7メートルになる。
誤差の少ない、かなり精度の高い値と思ってよい。

昨日の結果で、移住時の公孫樹は現在の1/1.6であった。
したがって、移住時の公孫樹は、高さ13.5メートルということになる。

すこしばかり胸につかえていた疑問が解消されて晴れやかな気になった。

熊手利用の高さ測定法は他の場面でも応用できると思われる。



2020年11月16日(月)
公孫樹の成長推移 その1
晩秋の今の時期、里庭にはひと際目立つ立木がある。
公孫樹。
八色石集落内では一番大きいものと思われ、紅葉時にはかなり目立つ。

先住者によって植えられたもので、移住してきた折にはすでにかなりの大きさに育っていた。
それでも、まだ若木のようで、移住後も幹は太り背も高くなっていると思われる。
この成長ぶりが分からないかと、かねがね思ってはいた。

今日、思い立って調査を試み、ほぼ成功と思われる結果が得られたので報告する。
紙面の都合で2日間にわたる報告になる。

成否の成り行きは移住当時の写真があるなしに係わる。まず、古い写真を探すところから作業を始めた。
有難いことに、見つかった。


2001年11月5日付けの写真。移住の年のものである。
サイズが変わらない家も写り、しかも遠方から撮影している。願ってもない写真である。
これを基本に作業を進めることにした。

作業方針は、この写真とほぼ同じ画角の現在の写真を撮り、大きさが変わらない家を基準に画像を編集して、その時の公孫樹の大きさの変化を測る、というものである。

画像で家の大きさを重ね合わす作業はExcel上で行うものとした。
Excelには、画像を半透明にする機能がある。この機能を使えば、2枚の写真を重ねて家の大きさを合わせることが出来ると考えた。

結果をまとめると次になる。


aが2001年、bが今日である。
公孫樹は母屋に比べ少し高いところに生えていて、その基準面は他の映像から探すと、瓦葺が2重になった上の部分の下段位置と同じになると分かった。
この基準線からの高さを測れば違いが判ることになる。

aに比べbの公孫樹は1.59倍の高さになっていた。
言い換えれば、移住時の公孫樹の木の高さは、今の高さの1/1.6ということになる。

次の作業は、現在の公孫樹の高さがいくらかということ。
この結果は次回の報告に回すことにする。

余談ながら、公孫樹に限らず、横庭のモミジや後方の杉林の杉なども一様に大ききなっている様子が写っていた。



2020年11月15日(日)
ハンノキの移植
我が家の墓は「再生雑地」と呼ぶ場所の一番奥に造成した。
「再生雑地」は一般に湿地の性質があり、これを補完するため墓の基礎はひどく頑丈に構築した。
しかし、墓の周辺までは手が届かず、周りは湿地の性質が残っている。

一般的に、湿地には通常の木は育たないとされる。
以前、訳あって、墓の手前に当たる場所に果樹(林檎や杏など)の苗を10本植えたことがあったが、大半は枯れて育たなかったことがある。
そんな次第で、墓の奥などは雑木は育たないものと思っていた。

ところが5、6年前になるが、墓の後ろに広葉樹らしきものが自生し、枯れもせず大きくなってきた。
更に、2、3年前には、2メートルくらい離れた場所に同じ種類と思われる木が生えてきた。
珍しいという思いがあって、草刈り時に切らずに残しておいた。

そんな折のこと、今年行われた自然観察会は「湿地の動植物」がテーマ こちら→(2020/7/12)
湿地の場所に行ったとき講師先生が、湿地に生える木があって「ハンノキ」と言う、と墓の奥で自生する木と同じ葉の木を指し示した。
講師先生の説明では、「通常の樹木は根からのみしか栄養が吸い取れないので、水分の多い土壌では根が腐り枯れるらしい。ところが、ハンノキは樹肌からも栄養を吸収すると言う。このため湿地でも成長できるのだ」ということであった。
なるほど、墓の奥で生える木は「ハンノキ」といい、ここに生えても不思議ではない、と合点した次第である。

前置きが長くなった。
今日の主題は移植である。

Mが言うに、「墓の奥に2本はうるさい」という。
「秋になれば移植する」と返答しておいた作業に取り掛かかった、という次第である。


移植先は墓から少し離れた「再生雑地」の中。草原だけで少し寂しいと思っていた個所である。
作業は1時間弱。
晩秋の穏やかな午後の出来事になった。

少し逸れるが、墓のさらに奥側にある「南西湿地」の中にも「ハンノキ」が生えている、とMが見つけた。
行ってみると、ひょろ長く大きくハンノキが2本育っていた。



2020年11月14日(土) ラベル1114
視界改善
葉が落ちれば実施しなければという作業があった。

2階自室から窓外を見る時、眼下に雑木がある。ウラジロと呼んでいる木であるが思いのほか成長が早く、2階の窓の高さまで成長してきて視界を塞ぐようになってきた。
この木の剪定である。

以前一度剪定をしたのだが こちら→(2017/11/9)
それ以降また伸びてきたのであった。

成長して枝も太くなり、チェーンソー併用の剪定である。
長いものは2メートルくらい枝を切り詰めた。


お陰で目の前の邪魔ものが無くなり、視界良好である。

視界の広い写真が撮れるようになった。
下段は昨日の、朝日の当たる窓外の写真。
大霜の朝であったが、日陰はその霜がまだ消えずに残っている。



2020年11月13日(金)
小柴さん亡くなる
NHKのニュースで知った。
ノーベル賞受賞者の小柴昌俊氏である。


勿論、知人でも何でもない。
では、なぜ「さん」などと親しみを持った言い方をするかというと、わずかながら因縁があるのである。
というのは、氏がノーベル賞を受賞した理由のニュートリノの観測施設が神岡にある三井金属の廃坑の中に建設されているのである。

氏がノーベル賞を受賞されたのは2002年であった。
我々が神岡を離れ当地に移住したのが2001年なので、氏が受賞された時には神岡にはいなかったが、住んでいた当時も毎年受賞発表の時期になると「今年は受賞では」とひと騒ぎ起きていたものである。

当地に移住の翌年に発表があり、ニュース映像などで顔が映るようになった。
神岡にいたころは噂話だけで顔は承知しておらず、物理学者らしく例えば朝永振一郎氏などのようにスマートな風貌と想像していたのだが、流れる映像の「いかつい顔」にびっくりした記憶がある。
それでも話し方は温厚そうであった。

ただ、それだけのことであるが、なんとなく親しみを覚え、今回取り上げた次第である。

余談になるが、これら研究施設は神岡の観光資源にもなっていて、それを受け、道の駅は「スカイドーム」と名付けられている。
この、「スカイドーム」のすぐ裏に、我々が住んだ社宅があった。

今回思いついて、Googleの「ストリートビュー」で社宅を探してみると、社宅前までは撮影車が行っていなかったがすぐ下までは通っていて、松の陰で見えにくくなってはいる社宅が見えた。
黄土色の壁と窓が写っている。


「ストリートビュー」は上の地図で青の矢印位置から見た映像になる。

小柴さん訃報のニュースでちょっと昔を懐かしんだ。

さらに余談だが、Kが勤めていた会社のホームページ こちら→



2020年11月12日(木)
雑木苗の移植

一昨日、畑に残っている雑木苗を「遠くない時期に移植する予定」と書いたが、思いついて昨日と今日2日かけて実施した。
昨日は午前中、苗木を抜くまでの作業を行い、午後は昨日付報告の草焼きをした。
今日は、午前中知人の来訪を得ることができて、午後になって続きの移植をしたという次第である。

苗の来歴には二つあって、元々のもの こちら→(2016/9/17)
と、
昨年別法を考案して保管していたもの こちら→(2019/12/13)
である。

苗の数は、元々の場所にモミジが2本(4本あるが、Mが2本他で使うといい、対象数は2本)。
昨年の場所にはモミジ1本、山桜1本そして欅が2本というものである。
移植の場所は昨日下見をした。
しかし、欅2本は大きく育つことが予想され最早移植の場所が見つからない。
困ったなと思案していたのだが、たまたま今日来宅の知人に話したら引き取ってもらえるという。
今日の移植はモミジ3本、山桜1本ということになった。

昨年の網で巻くという新考案法は、掘り起こすのも簡単でほぼ成功と言っていい。ただし、思った以上に毛根が網の外にはみ出していた。

今日の移植は、「雑木並木」にモミジを2本、「竹林跡」にモミジと山桜を各1本植付けた。

雑木の苗畑も整理できたことだし、苗の移植先もほとんどなくなってきた。
ほぼ20年手をかけてきた里庭製造計画も、完成形に近いといっていいかもしれない。



2020年11月11日(水) ラベル1111
最後の草焼き
この先落ち葉など集めて煙を出すことがあるかもしれないが、「秋じまい」として刈り草を焼くのは今年最後になる。
場所は「義衛台山際」、先月「ミニリンドウ特区」を見つけた折りに草を刈ったところである。
こちら→(2020/10/29)

今日は体操教室が開かれる日でそちらに参加の予定でいたのだが、風のない穏やかな午後、草焼きにはもってこいの天候なので草焼きを優先することにした。
草刈りをしてからはかなり日が経ち、これまでも何度か草焼きを思い立ったが、風があって火事のことを恐れ延期をしていたものである。


午後1時半頃から3時半ころまで。
動けば少し汗ばむほどの陽気。周辺は錦秋。何とも贅沢な作業であった。

作業の最後に、「ミニリンドウ特区」の目印として竹の杭を立て、電柵用のアルミ線を張った。
杭は作業の段取りの中で用意し持って上がったが、アルミ線は用意をしたものではない。
たまたま運よく、その場所にほど近いところにあったので張ってみた。
この場所は、イノシシが良く現れるところ。アルミ線はイノシシ除けに効果があるかもしれない、と張ってみた次第である。

少し余談だが、この里庭維持のため草刈り作業をした内容が分かるようにExcelで台帳を作り記入している。
それを見ると今年の最初は、4月22日に「二に畑」を紐の草刈り機で1時間刈ったのが最初になっている。
今年は今日で、この台帳を開くのは最後になろう。
ちなみに、今年作業をした日数は103日、総時間は180.5時間となっている。
平均すると、4月半ばから11月半ばまで、2日に1回、一日当たり1時間45分何らかの作業をしたことになる。
補足;草刈り絡みの作業のみ載せていて、剪定とか、榾木作りとかの他の作業は載せていない。

これからは「冬ごもり」に向かうことになる。



2020年11月10日(火) ラベル1110
手植えのモミジ

今頃、モミジの紅葉が最盛期と思われる。
里庭にあるモミジの主だったものを写真に撮ってみた。


写っている中で1本ほど自生のモミジで刈り残したものがあるが、後は全て我々が手植えしたものである。
正確に数えていないが、全て合わせれば14、5本になろう。

写真の中で上段の一番左はイロハモミジで、これのみ有料で苗を買い求めた。
後は、里庭内か、Mの実家の山中かで掘り起こして移植したものである。

さらに、畑に苗として(と言っても1メートル以上はある)残っているものが数本あり、これも遠くない時期に移植する予定でいて、これでもって里庭のモミジということになる。

今回調べて初めて知ったのだが、モミジは園芸用に特別作られたものを除くと、3種類しかないのだそうである。
それはイロハモミジ、ヤマモミジ、そしてオオモミジ。
オオモミジは東北以北の太平洋側に自生していて、葉に丸みがあり葉が大きいらしい。
したがって里庭には存在せず、写真に写るモミジはイロハの1本以外は全てヤマモミジということになる。

今回撮影した中でも、紅葉の時期には少し差があって、早く色づくものと遅いものがある。
Kはその原因は種類が違うのだろうと思っていたが、それは間違いで、種類ではなく木の特性であったり陽当たりの良し悪しなどの環境の性らしい。

ともかく、今が見頃で、大方、日に1回は見歩いている。



2020年11月9日(月)
初挑戦鍋 2題
Kの作る料理の材料は原則あてがいぶちで、冷蔵庫周りにあるもので作る。

その結果であるが、最近作った鍋はたまたま初挑戦のものになった。
使った材料は、レンコンとイカである。


レンコンの鍋の経緯。
レンコンを少し多めに調達することになったらしい。Mが「レンコンを使うことがあったら、使って」という。
鍋に使えないかと思案した。
手持ちのテキストでレンコンを使ったレシピはない。
ネットで探してみた。格好のものが見つかった。 こちら→
ただし、「うまだし」我が家にないので、K流のだし汁を作って鍋とした。
レンコンはスライスしたものと叩いて砕いたもの。
シャキシャキ感があって、なかなか美味のものとなった。

イカの経緯。
Mは、たまに江川沿いの街に買い物に行く。この街に、おばさんが一人で商っている魚屋があって、めっぽう安い。お刺身などはスーパーなどで買うに比べると半値かそれ以下の感がある。
最近も、その街に出かけて魚を買ってきた。その中にイカゲソがあって、それが冷凍してある。
これで作ることにした。
レシピは藤井恵さんのもの。「そうだ、今日も鍋にしよう!」に載っている。 


イカと豚肉をフードプロセッサーで砕いて団子にする。
あとはほとんどレシピを再現した(ただ、もやしの代わりにキノコ)。
で、お味であるが、どういう訳か、藤井さんのレシピにしては感激が少なかった。
ひょっとしたら、フードプロセッサーで砕くときこね過ぎたのかもしれない
イカ団子の感じがあまりなかった。
2度目の挑戦はないかもしれない。

ネタ切れの日の、またしても鍋の話である。



2020年11月8日(日)
シンボルツリー

里庭にはシンボルツリーの候補となるべき木が何本かあるが、先住者の植えた木が多く、我々が手植えしたものではやはり次になる。
唐楓(トウカエデ)。

苗の移植時シンボルツリーになるよう期待を込めて、裏山に上る坂道の真正面に植えた。


今では大きく成長し、特にこの紅葉の時期にはその特徴をいかんなく発揮して期待に応えてくれている。

苗はMの知人に分けてもらった。
Mの知人宅には大きな唐楓があって見事に紅葉する。その実生の苗をもらったのである。
2004年(平成16年)、我々が移住後3年目のことである。
植えた直後はなかなか大きくならなかったが、6-7年経った頃からは見栄えがするようになった。

以前別の目的で唐楓の成長を示す写真を拾い集めたことがある。
再掲すると次である。


今年は移植後18年目に当たり、14年目のものに比べると、さらに大きくなったように思われる。

カエデの寿命は人間と同じくらいらしい。とすればまだまだ若い。
我々がいなくなっても、当分はシンボルツリーの役目を果たしてくれるはずである。



2020年11月7日(土) ラベル1107
巨大椎茸
椎茸が採れた。
お化けというのか巨大というのか、大きなものが採れた。


大きなものは直径が15センチメートルくらいある。
今日は雨が予定されていて、雨の前に採るのが良いので、実は昨日Kが採るといっていたのを失念した。
今日、Kは外出の用があり、帰ってみるとMが採っていた。
幸い、雨が小降りであまり濡れていない。
そんな経緯でとれた品である。

1週間くらい前に少し採り、その時小さなものを残しておいたのが大きくなったものである。
本来なら3、4日前に採れば丁度良かったと思われるが、K、Mとも忘れていたわけである。

そんな折、ふと思ったことがある。
椎茸のサイズのことであるが、正常な品は直径で6〜8センチメートルとされる、と思われる。
なぜ、大きくして採ってはいけないのだろう、という疑問である。
例えば今回の15センチメートルのものは、通常の品の4個分はある。
合理的に収量で考えるなら、大きく育ててのち採るのが良い。それをなぜ早く採るのであろう。
味が落ちるのか。
これまで、巨大な椎茸は何度か食べた経験があるが、チャンと食感もあり、Kの舌では味が落ちるとは思われない。

今のところ、この疑問は解決されていない。

話がずれるが、今回採った椎茸の菌植えは、昨年の4月であった。 こちら→(2019/4/13)
椎茸の菌植えは2年置きが我が家のルールである。
となれば来春は植えなければならない。
菌を植える榾木は前年の秋には切り倒すのが良いとされる。
さすれば、今の時期に切らねばならない。

巨大椎茸に思いを寄せたことで、し忘れていた仕事を思い出した。
瓢箪から駒であった。



2020年11月6日(金)
野いちご採集所の整理
Mが「野いちごを採るので草刈りをしないで」という場所があった。
「勧ヶ原」と呼ぶ場所の一角である。およそ10年前から。
広さは10メートル四方である。
Kとすれば「手を入れなければどうなるか」を確認する実験場でもあった。

今年の夏ころと思う。
Mが「野いちごの取れる場所を別に見つけたので廃止しても良い」という。
作業候補として列挙していたが、「秋じまい」も大方終わってきたので取り掛かることにした。
昨日と今日、二日がかりで作業に当たった。


10年余り全く手を入れていないのでかなり変貌している。
雑木が何本も大きくなり、熊笹が進出してきてエリアの半分は笹で覆われてきた。一番大きな雑木は栗で、根元の直径は15センチメートル近くある。
そんな状態であった。

心づもりとしては、有益な雑木は何本か残すこととする。
結果として、山桜が生えていて1本、クロモジを1本、名前の分からぬ葉の綺麗な木を1本残すこととした。
まだ全ての葉が落ちきっていなくて、木種を確認するには助かった。も少し遅く葉が無くなって作業をしたら見分けがつきにくくなって難渋したと思われる。

作業としては昨日が木を倒し、草や笹を刈るところまで。
今日、残った草や笹を整理した。
昨日が3.5時間、今日が1.5時間、合計5時間の作業となった。

今日仕事の最中に、Mがカメラ持参で”視察”にきて、仕事の様子を何枚か写真に収めた。
その中の1枚も採用した。

錦秋の中での作業である。



2020年11月5日(木)
山粧ふ(よそおう)
今朝、2階自室から見えた景色である。
かなり冷え込んで、大霜。
そして、山に陽が当たって紅葉が鮮明であった。
時間は7時半過ぎ。

写真撮影を思いつく。
ここでは、スマホを止めて今春求めたコンデシを使うことにした。


通常画角で1枚。ズームをかけて2枚撮った。
ズーム倍率は、光学とデジタルを合わせて最初がおよそ700mmあとがおよそ1000mmである。

どの程度のズームなのか平常角(25mm)の写真にズーム画面の画角を乗せてみた。


(上記写真の中が大きな枠、右が小さな枠の
範囲を写している)

針葉樹の緑の間で広葉樹が紅葉している。
おそらく、今が紅葉時期の最盛期であろう。

山が色づく様を俳句では「山粧ふ(よそおう)」というらしい。
今がその時期と思われた。

  四方の山粧ふ気付かざるうちに   わかやぎすずめ
  個性いきいき雑木山粧へる      牛田修嗣

ネットに載っていた。




2020年11月4日(水)
サロン田家
記憶が定かでない部分があるが、2、3ヶ月中断されていた高齢者向けの「サロン田家」が夏以降に再開されている。
集落ごとに参加日が決まるのでほぼ1ヶ月に1回の参加頻度になる。
Kの場合、開催されても参加しなかった時期があるが、先月から参加し始めた。
ただ、先月までは開始時間が午後であって、昼食の提供がなかった。
その昼食提供が11月から始まっている。
聞けば、ほぼ半年昼食の提供が止まっていたらしい。

今日は八色石が割り当ての日で、参加してきた。昼食付きになって最初の開催である。
今日のメインメニューは”おでん”。
シッカリした味付けで美味であった。


11時から開始で、血圧測定などの健康チェックがあって昼食となる。
少し休憩して、体操。
そしてお茶をいただいて午後3時過ぎに終了というスケジュールである。

常連の参加者のうち2、3名欠席者があって、今日は11名が参加した。
Kの場合、草刈りや祭りなどでは年長者の部類に入るが、このサロンでは若手の部類である。

これまでは、終了時にはテーブルなど参加者が片付けていたが、消毒をして収めるので片付けなくても良いという。
ウイズ(アフター)コロナの形が少しづつ形成され始めている。



2020年11月3日(火)
石垣の保全
里庭内には、前の住人の父上が石工さんであったこともあって、あちこちに大小様々な石垣がある。
これらの石垣は、元の形を今に留めているものもあるが大きく崩れた個所もないではない。
今住む我々は、これ以上崩壊が進まないようにと一応心がけているつもりではある。

石垣にとって、崩壊の原因の第1は石垣の間に根付いた木の根の成長である(とKは思っている)。
最初は小さな木(草ではない)も、次第に大きくなりそれにつれて根も肥大化する。根は肥大化するにつれて石垣を内側から外に押し出す力として作用する。
石垣は外側からの押しに対しては強いが内側からの力には弱い。こうして石垣は崩れて行く、と思っている。

「大傾斜」と名付ける場所にも石垣がある。この石垣にも木と思われるものが生えることがある。気が付けば大きくならないようにと時には除草剤をかけるのだが、この除草剤で枯れない常緑樹がある(名は調べていない)。
昔のことは覚えていないが、この2、3年は気になっていた。何とか枯れさせようと、今夏は濃いめの除草剤を作ってかけてみた。それでも枯れないのである。

で、今日は特別作戦を実施した。
枝葉を切断して幹をむき出しにし、灯油をかけるという方法である。
以前、植木職人から聞いた方法である。

今回は幹が小さいので霧状にかける方法を考案した。洗剤の空きポットの再利用である。
切るのはチェーンソーが主体。


写真上段が枝葉を切る前。下段が切ってのち灯油をかけた状態である。
大小合わせて7ヶ所実施した。
午前午後合わせて、3時間を要した。

結果はすぐには分からない。来春に芽が出るか否かである。
乞う、ご期待というところ。




2020年11月2日(月)
紅葉進む
朝からほぼ一日中雨である。
外に出ることはほとんど無く、2階の自室で過ごした。
夕刻近くになって階下に降り、中庭を見てすこしばかり驚いた。
庭の植木類が見事に色を付けていた。


朝見たときは左程とは思わなかった気がするので、終日の冷たい雨で一気に進んだとも思われる。。

この裏庭、元は何もなかった。
次の写真は2004年(平成16年)のものであるが、こんなところからスタートしたものである。


全ての植木類は、地続きの裏山からこれと思う木を掘りだし、この庭まで運び入れて少しづつ増やしたものである。
もっとも形が整ったのは、2008年(平成20年)のこと。 こちら→
この時は、Kは腰痛でMが一人で作業した。
現在の基本形が出来たときである。

以降、大きな変化はないが、時を経て自然らしさが増してきた。
作り始めのときイメージした理想形に近いものと思っている。
もはや大きく変える予定はない。



2020年11月1日(日) ラベル1101
再生 その後5
2015年に枝を切った欅があって、その枝の再生ぶりを毎年写真に収めている。
中でも、枝葉の最も盛んな時期の7、8月には1枚撮るように心掛け、これまでは実行していた。
例えば
こちら→(2016/8/26)
こちら→(2017/8/18)
こちら→(2018/8/15)
こちら→(2019/7/7)

ところが今年はそれを忘れていた。
昨日気がついて慌てて写真に収めた次第である。


すでに落葉を始めていて、盛時の姿ではない。
それでも、5年を経ての再生ぶりは伺える。



Kの散歩帖