2020年7月31日(金)
桔梗(ききょう)

秋の七草通りと呼ぶ場所に咲く桔梗である。

毎年この場所に咲く。
年によっては、花の形がいびつな時もあるが、今年は見事な形で咲いている。
実はこの写真、一昨日に撮影したもの。少し雨が降った後で写真に収めた。
周辺の葉が濡れた中で咲いているのも風情があるように見える。

先日の自然観察会 こちら→(2020/7/12)
の折りに講師の先生が話していたが、野生の桔梗はほとんど絶滅しているという。

そんな中にあって、毎年この場所で咲き続けているのは有難いことと思っている。

講習会の席で、「野生の草花にとって一番良い草刈り法」を尋ねたら、「草花が全て終わる晩秋に草刈りをし、しかも、刈り草を残さないこと。残すと土が扶養化するのでよくない」と教えられた。

振り返れば、この場所言われたとおりに草刈りをしている。
それでも増える気配は一向にない。
それも、桔梗らしいというべきか。



2020年7月30日(木)
梅雨明け
予報は、今日から晴れ間が覗くといいながら、梅雨が晴れるかどうかは明言していなかったのだが、夕方のニュースで明けたと報じられた。
コロナ禍も重なって、なんとも、辛い長い、今年の梅雨であった気がする。


「備忘録」で検索すると、今年の梅雨入りは6月10日になっている。
実に50日に渡る梅雨であるから、長く感じるのも致し方ない。

長雨とそして最終部の腰痛も重なって、あちこち”風景の汚れ”が目立つ。
ぼちぼちだが、気を引き締めてやっていかなければ、と思い始めている。



2020年7月29日(水)
フルコース
フルコースと言ってもフランス料理の話ではない。ウォーキングのコースの話である。
1週間余り前腰を痛めたとした。 こちら→(2020/7/21)
この時は3、4日安静にすれば治ると記したが、今回は思いのほか長引いて1週間を要した。

3、4日経った頃から少しいいかなと思われて、雨の合間を縫いながらウォーキングに出てみたが、すぐに痛みを覚えたりして途中で引き返したことが1、2度ある。
今日も、若干は不安をいだきながらウォーキングに出かけたのだが、途中いくらか違和感を感じながらもなんとかフルコース歩き通すことができた。

コースは我が家を中心に集落内を一巡り歩くようにしているのだが、その折り返し点2ヶ所で写真を撮った。


(折り返し点で我が家の方向に向けて撮っている)

45から50分のコースであるが、今日はゆっくり目に歩いたので50分はかかっているであろう。

この1週間余りの間、外作業は一切しなかった。
ちょうど長雨の最中で、元気でも外仕事は不可であったろう。
そういう意味では、ここのところの長雨は、安心して休むには好都合であった。



2020年7月28日(火)
ABBAを聴く
今回のコロナ禍の中で実施した作業がある。
「深夜便」などで録音して貯まっていた音楽データの整理である。
録音したままでは1時間程度の音の固まりで、このままでは音楽データにならない。
これを編集ソフトにかけて、曲単位に分解し、タイトルを着けたり、ジャンル名を割り当てたり、CDジャケット写真を取り込んで割り振ったりするのである。
こうしてできた曲のデータをiPodや こちら→(2020/1/31)
NASシステムに こちら→(2017/9/5)
取り込むと、好みの曲が随時聞けるようになる。
4月、5月の間に実施した。
この間にCDジャケット写真を撮る都合で、音楽ダウンロードソフトのSpotifyを こちら→(2019/8/7)
度々利用した。

Spotifyには利用者の好みに応じた曲を勝手に選んで音楽リストとして提示する仕組みがある(ようだ)。
先日、たまたま用があって開いてみると、「My Mix 1」なる楽曲リストが表示された。
中には、バーブラ・ストライサンドとかナット・キング・コールとか馴染みの人の曲が入っていて、これはいいと思い取り込んで聴いてみることにした。

その7番目に「ABBA」なるアーティストで「I Have A Dream」という曲があった。
これがなかなか良いのである。
ABBAはスウェーデンのポップ・グループで1970、80年代に世界を席巻したとあるが、Kにとっては初めての出会いであった。

そして、ABBAに別の出会いをした人も見つかった。
今週の読売日曜版の読書欄である。ABBAの曲に魂を奪われピアノの練習を始めたという。
鈴木智彦氏なる人。初めって知った。


(クリニックして別の画面を表示すると、
I Have A Dream
が流れます)

妙な因縁と新聞を切り取った。

この本を読む気はないが、「ダンシング・クイーン」は聴いてみようと思う。
まだ聴いていない。



2020年7月27日(月)
富士通D550/BXのメモリ増強
先日DELLパソコンのメモリ増強の話をした。 こちら→(2020/7/22)
結果として動きはかなり改善された。

そして、我が家には、他にもう1台メモリ増強したいパソコンがある。
1階で、主としてMが写真印刷などに使用しているもの。
富士通製のデスクトップであるが、格安で手に入れた。
Windows10さらにマイクロソフト社認定のOffice付きで2万円を切った価格である。 こちら→(2017/8/25)

本体のパソコンはD550/BXという機種で2011年にWindows7として発売された。
それをWindows10に改造したものを買い求めたのである。
メモリは元々は1GBであったが、Kが購入したときはWindows10として最低必要な4GBに増設されていた。

2017年購入時は格安で手に入れたと悦に入っていたが、たまに使ってみると動きの悪さが目立つときがある。
メモリを増やせば改善できると思ってD550/BXの仕様を調べると、「最大4GBまでは増強可能」と記載されていた。
もはや、4GBになっているのだ。
これ以上は増やせない、とその後ずっと諦めていたのである。

ところが、先のDELL増強の調べをしている時のこと。
色々なクチコミの中に、「最大4GBの記載があったが8GBに増強しても問題なく動いた」と投稿している人がいた。
そうか、「最大4GB」でも8GBが可能かもしれない、と思い始めたのである。
”ダメもと”でやってみようと決行を決めた。
メモリ代金は4GBが2個で4千円である。

そのメモリが到着した。


YouTubeを先生に改造作業を始める。
ノート型に比べデスクトップ型は分解は容易い。
分かってやれば10分もかからない作業、それでも用心しながら実施したので1時間は要した。

元に戻してセットしてみると、望みの8GBになっていた。
動きも問題ない。そして、早いようである。



2020年7月26日(日)
本日休刊
2020年7月25日(土)
イシクラゲ

連日の雨で目立ってきたように思われる。
前庭の話で、野芝の間や縁などに現れるキクラゲとワカメの合いの子のような植物である。
この場所では数年前から出始めた(と思われる)。
晴れて乾燥すると小さく目立たなくなるが、濡れると膨らみ、ブヨブヨして気持ちが悪い。

我々の経験からすると、液体の除草剤(ラウンドアップ系)を使用すると、草が枯れた後でこの植物が出現するようにと思われた。
したがって、どうしても必要な時は液体の除草剤は極力避け粉末状の除草剤を使うことにしていた。

それが前庭に出始めたのである。
この場所で液体の除草剤は使ったはずはないのに、なぜ出るのだろう。それとも、記憶はないが使ったことがあるのだろうか、と訝っていたのであった。

対策はMがしていた。
専用の平らな籠と先端が丸いピンセットを準備しておいて、思いついた折りに拾い集めて捨てるのである。

連日の雨で、捨てる作業はおろそかになり、一方その雨で植物の量が増え、目立ってきたとも思われる。
名前も知らない。
少し調べてみるか、という気になった。
名前が分からないときの便利な道具がある。 こちら→(2020/5/4)
少し集めて掛けてみた。
すぐに名前が出る。「イシクラゲ」というらしい。

部屋に戻ってパソコンで調べた。
いくつも出る。その中で最も詳しい(と思われる)のが こちら→

陸地に生える藻という。
藻なので根はない。したがって土でなくてもどこでも生える。コンクリートでよいらしい。
必要なのは水分。
種の役目は胞子がする。胞子が飛んでどこでも活着する。したがって防ぎようはない。
土壌としてはアルカリ性を好むらしい。石灰を撒いた庭には発生しやすい、ともある。

目から鱗、の情報が色々出てきた。
液体除草剤が悪いとは一言も出ていない。
それとも、液体除草剤はアルカリ性なのか、これは調べてみなければならない。
Mが良かれと思い、野芝に肥料を撒く。撒いたあとは芝は緑を増す。ただし、この肥料はアルカリ性なのかもしれない。これも調べてみなければならない。

いずれにしても敵の正体は見えてきた。コロナウイルスよりは容易い(たやすい)だろう。
具体的な対策はこれから考える、ことにする。



2020年7月24日(金)
マリアン・アンダーソン
今回図書館に行ったとき、児童向けの陳列棚に並んでいた絵本である。
「あの人」の本だ、と直感的に分かったので借りてきた。

話を戻すと、Kが所有するCDがある。多くはない。50枚程度か。
その中にあって1枚ほど、謂れの分からないCDがある。黒人の歌手のCD。買った覚えはないし貰った覚えもない。
聞く音声は、Kの好みより少しキーが高く、好みの音でもない。
とにかく、全く、訳が分からないのである。

「あの人」と直感したのは、このCDの歌い手だ、と思ったのであった。
借りてみたら間違いなかった。


(画像をクリニックして別の画面にすると
曲が流れます)

1897年〜1993年の人。
小さい時から、歌が好きだった。20歳代から歌手活動に入るが、黒人ゆえに恵まれぬ境遇となる。
歌声は素晴らしい。
最初はヨーロッパで認められ、後にルーズベルト大統領の知遇を得て、アメリカで認知を受ける。
有名な逸話が、1939年の復活祭にリンカーン記念堂の野外コンサートで歌い喝采を浴びたことという。
この時、7万5千人が集まり、ラジオでは数百万が聞き入ったらしい。

人種差別運動に対して、最初は主体的でなかったらしいが、後にはその象徴になり、キング牧師のワシントン大行進にも参加。歌を歌ったという。
この時何の歌を歌ったのかネットを調べたが分からなかった。

国連平和賞、大統領自由勲章、ほか数々の栄誉を受けているという。
1953年に来日した。その時の詳しい情報がある。 こちら→

この絵本を切っ掛けにマリアン・アンダーソンなる人柄は承知できたが、CDがなぜ手元にあるかは未だに分からない。


CDに収められた曲を1曲紹介。
曲名;Done Foun' My Los' Sheep
上の写真をクリックと聞ける。



2020年7月23日(木)
ネジバナ 2題
Kにとってネジバナは好みの花の一つである。
ラン科の花であるから、ラン特有の気品を備えている。
かといって他のランのように、貴重でなかなか見られない、などということが無く、季節になれば草丈が低い箇所ではあちこちで咲く。
そして、色も鮮やか、花をねじって咲かせるという、見せ様も心得ている。

そのネジバナも、季節は終盤に入った。
そんな折、少し珍しい咲きようをしたネジバナに出くわした。それも2つ。

1つは咲く場所が珍しい。場所は山水の落ち口にある舟石の上。
かつて、この舟石の上で咲くダイモンジソウとホトトギスの話をしたが こちら→(2019/10/11)
今度はネジバナが咲いた。Mはどうか知らないがKは初めて見る光景である。
もう一つは咲きようが珍しい。ねじらないネジバナ。
通常ネジバナは1回転以上はねじりながら花を点ける。ところがねじらず、ほぼ真っすぐ花を点けたネジバナに遭遇した。場所は義衛台。
しかも近くで2本咲いていた。


Kにとってはいずれも初体験。

こういう場面に思いがけなく出会うと、何か儲けたような気分になり、うれしくなる。



2020年7月22日(水) ラベル722
DELLパソコンのメモリ増強
自室で常用するパソコンが2台ある。
1台は富士通のデスクトップ、そしてもう1台がDELLのノートである。
このDELLは2年前急遽買い求めた。安さ狙いである。 こちら→(2018/8/10)
メモリが4GBでWindows10としては最低限しかない。
8Gのデスクトップに比べると動きが悪く感じる時があり、それでも、まあ安かったのだから仕方がない、と慰めつつ使っていた。

少し余談だが最近2人の知人から、パソコンを新しくしたいが如何、と相談を持ち掛けられた。
「安くするなら、外国製もあるよ。ただし、メモリは8GB以上にすべき」と答えていた。
その2人から結果を聞くと、一人はHP(ヒューレットパッカード)にし、もう一人はDELLにしたという。そしてメモリはいずれも16GB。価格は両者10万円以下であったという。
そうか、メモリ16GB時代か、と認識を新たにしたのであった。

そして我がパソコンを見ると4GBである。
買い替えるわけにはいかないので、メモリ増強を考えてみることにした。

メモリを調べてみると随分安価になっている。
ノート型で出来るか不安はあったが実行することにした。
増強量は4GBで既存と合わせて8GB。16GBにするか迷ったが、自分の使用法なら8GBでよかろうと判断した。
メモリ代金は3千円より安かった(アマゾンで購入)。

メモリが来た。
改修にかかる。先生はネットとTouTube。
かなり苦労して半日かかって完了した。


苦労の内容は長くなるので省く。
使用結果であるが、十分に使っていないので判断しがたい部分もあるが、苦労のし甲斐はあったと思われる、ようである。



2020年7月21日(火) ラベル721
照ノ富士
昨日起きたときから腰が痛い。
原因不明であるが、久しぶりの腰痛である。少なくとも、この1年は発症していないと思われる。
この時の治療法は確定していて塗り薬も塗るがこれは気休め、とにかく安静が一番である。
朝のテレビ体操、ウォーキング、外仕事などは一切しない。3、4日これを実行すると大抵は治る。

今日もこの治療法を実行中である。
大相撲、7月場所が開催されている。
普段、大相撲の放送は毎場所見るが、見る時間はおよそ5時頃からが普通。
ところが今は安静中。4時頃から見始めた。
今日は、今場所幕内復帰を果たした照ノ富士の特集を組んでいるらしい。インタビュー映像などが流れたりなどする。
急いで録画をかけておいて視聴を続けた。

元々照ノ富士は好きな力士であった。めっぽう強い。一気に大関に昇進した。
魅力の一つだが、強引な攻めをするときがあって、これが禍して大怪我をする。そして一気に転落した。
一時は全くマスコミに登場しなくなった。引退の話も聞かない。
当時ネットで調べたら、下位で取っているという情報が載っていた。最終序二段まで下がったのだという。

それが数場所前から名前が出始めた。幕下などで優勝したりする。
そして今場所は幕内に再び戻ってきた。
大関→序二段→幕内は史上初という。


「地獄を見た」といい「(受けた試練も)自分の人生なんだ」と言い切る。
幕下は関取の世話をするのが相撲界の習わし。かつての大関も落ちてしまえばただの序二段。かつて自分の付け人であった人の世話をすることがあったかもしれない。まさに地獄である。

インタビューでは淡々と振り返っていた。大したものである。

今日も悠々と勝ちを収めた。そして悠々と引き上げた。

「先を見ている」とも言っていた。
大関復帰をはたし、横綱になってほしい。
その確率はかなりある、と見た。



2020年7月20日(月) ラベル720
トマトすき焼き
昨日作った料理である。
実は昨日の瞬間豪雨の折り準備していたものがこれである。

夏野菜が豊富に採れ始めた。全てMの作である。
中に完熟のトマトがあった。
この赤く熟した色をみて思い出した料理である。

しばしば参考にする鍋料理の雑誌に載っている。
トマトのすき焼き。
これまで「トマトですき焼きなぞ、食べられるか!」と全く作る気は起きなかったのであるが、赤い色に触発されたのか、今日は妙に作ってみる気になった。


レシピは次である。


割り下の量や手順は忠実にレシピを真似た。
ただし、肉は少しケチって牛・豚半々とした。万願寺はたまたま、そこにあったので入れてみた。

食べての感想であるが、予想以上に美味である。Mの言葉を借りれば「しょっちゅうは嫌だけど、年に1回くらいは食べてみたい」という。

レシピタイトルの下に「京橋 婆娑羅」の文字が見える。お店の名前と思われるのでネットで調べた。
すぐに出る。 こちら→
「トマトすき焼き」は看板メニューらしい。

読者諸兄も、騙されたと思って試されるとよい。



2020年7月19日(日)
瞬間豪雨

Kが夕食の準備をし、Mがウォーキングに出かけているいる間の出来事である。
予兆無しに土砂降りの雨が降り始めた。
曇ってはいたが、ウォーキングに出かけるくらいであるから、雨の気配は全くない。
いきなりである。それも、もの凄い量。
Mは止んだのち、半濡れで帰ってきた。

少し落ち着いてから、起きた全容を調べてみた。
まず、起きた時間と雨の量である。
例の、公民館データを見た。

発生したのは17時30分から18時10分までの40分間である。この間の総量は36mm。特に初めの10分はもの凄く、10分間に18mm降っている。この値は時間換算すると108mmとなり、超絶の値である。
外に出て、里庭の雨量計を見ると、こちらもほぼ40mmを指していた。

降っている時から観念の臍を固めていたことがある。
ビニールシートによる流砂防止のこと。
具体的には こちら→(2020/6/26)
天気予報で明日までは時間当たり1mmを超す雨は降らないことを確認しビニールが敷いてない。
かなりの砂が流れるだろうと思われた。
外に出て確認すると、案の定であった。

かなり流れている。
予報を確認しておいたのに、と心が萎える気がした。

まあ、致し方ない。
所詮自然に抗うことが間違いかもしれぬ。
ビニールシートでなどと、姑息な手段で対応できるものではない。
あるがままに任せるよりほかにない、と思い始めた。

終戦である。
明日はビニールシートを撤去することにしよう。



2020年7月18日(土)
油温の測定
料理で揚げ物をするときの一番のコツは、油の温度である。
レシピに記載されている温度は守るのが良い。

プロの料理人などは体感的に覚えている。例えば「菜箸の先端を浸けて泡の発生具合が・・・」などというが、Kの場合はど素人でそうはいかない。
温度計に頼ることになる。

以前はガラス製の200度まで測定できる温度計を使っていた。これが破損した。
代わりに買ったのがデジタル温度計である。感温部は尖った金属で、させば物体の内部の温度も測定できる優れもの。
タニタ製で2000円位した。
観測性能に不備はないのだが、一つ大きな問題がある。
温度表示部が先端部に比較して大きく、重心が手前にあるので、油など液体を測る時は手で持っていなければ倒れてしまう。
何か保持具はないかと、揚げ物を受ける金網を油鍋のの上に置いてみたりなど、色々試してみたのだが、結局これというものに行きあたらなかった。
仕方なく手にもって時々浸して測定するのだが、油の温度で熱いし、一旦冷めているので時間もかかる。
これが一因となって、揚げ物は避けたい気分になることがしばしばであった。

ところが今日それを見つけた。目に入ってこれなら使える、と直感した。
金属製の落し蓋でる。
広げて鍋の上に置けばぴったり。しかも頃合いの穴がいくつも空いている。
試してみたらまことに具合が良かった。


今日の目的は「揚げ玉ねぎ」の作成。設定温度は170度である。難なく出来た。
レシピ名は「肉豆腐 揚げ玉ねぎがけ」。

レシピは下図。雑誌に載っていた。初めて挑戦の品である。


牛肉がなかったので豚肉で代用したが、それなりに美味であった。

今日の発見で、揚げ物への抵抗感がかなり減りそう。
これからは度々登場すると思われる。

少し余談;先のデジタル温度計はアマゾンで求めた。購入日を調べたら2018年1月21日であった。
以来2年半苦労していたことになる。



2020年7月17日(金)
雑木の枝打ち

長雨が中休みで昨日と今日は雨がない。かと言って大地は湿気ている。
こんな時に草刈りをしても、刈り草が乾かず仕上が良くない。

で、違う仕事をすることにした。
雑木の枝打ちである。場所は雑木並木。
剪定と言うほど高度なものではない。
3、4年放置していたので、雑木の下の方の枝が伸び、見晴らしは悪いし草刈りにも邪魔になる。
この下部の枝を落とす作業である。

昨日枝打ちをして、今日枝の片づけをした。

遠慮なく落としたので相当量の枝が出た。運搬車で2回分である。
お陰で見晴らしは随分良くなった。



2020年7月16日(木)
禍福

一昨日の、島根の大雨、の続きである。

大きな被害はない、としたが山水は止まった。
今回ほどの大雨でなくとも、少し強い雨が降れば、山水が止まることはよくある。
いつもと同じ気持ちで、その日(14日)の午前中に山水復旧に向かった。

ところが、行ってみたら驚くような光景が眼前に広がった。
未だ大水が流れ、取水口の堰は土砂や流木で完全に覆われている。
大水が出た折り、直後に来たことがこれまではなかったので、水があふれる様は初めて見たのであった。

堰全体も土砂などで埋め尽くされている。
前回の努力は水泡に帰した、と思うほどであった。 
前回の努力とは、Mの支援も得て、1時間余り堰を掃除したことでる。
1ヶ月前に実施した。  こちら→(2020/6/17)

致し方ない。
とりあえず、山水を通さねばと掃除を始めた。
取口のある、堰の直上の土砂を掻き出すことにする。道具は鍬。
掻き出すと、次から次と、上部の土砂が流れてきて、すぐに埋まる。
際限がない。
これでは賽の河原と、一時は失望感がおきるほどであった。

ところがである。
少したって堰全体を見回すと、土砂の高さが減っていることに気がついた。
手前を掻き出すと、上部の土砂が自然に流され落ちてくる。
上部の砂を運ばずとも、手前を掻き出すだけで、水が土砂を運んでくれるのである。
これで「堰の掃除ができる」、と思い至った。
10分か15分掻き出したと思われる。
土砂の高さは、6月掃除をした時くらいにまで低くなった。

20年近く山水と付き合っているが、こんな経験は初めてである。

今回の経験からすると、6月に実施したような掃除は、大水が出ると意味が無くなる。
それより、大水(大雨)の直後にいって、掻き出し法で掃除すれば良いのではと思い始めた。
6月の時は2人で1時間余を要した。
今回は、写真の撮影時間を確認すると、要した時間は40分である。
およそ、1/4の労力で掃除ができると承知した。

危険性のことも考慮しつつ、今後の対応を考えることにした。
禍福になるかもしれない。



2020年7月15日(水)
魚香茄子(ユイシャンチェズ)もどき
必ずと言うほどではないが、朝のNHK、「あさイチ」はよく見る。
この中で、3人の料理人が出て料理を紹介するコーナーがあるが、この料理人には若い3人と老練の3人の2組がある。

今回(昨日)は若い方の組が出演した。
今回の主材は茄子。この茄子を、和風、中華風、そして洋風の3種類で作って紹介する。

標題の「魚香茄子(ユイシャンチェズ)」は、その中の中華風の料理名である。香り豊かな茄子という意味らしい。
「もどき」とつけたのは、今回真似て作ってみたのだが、レシピに載っている調理材でかなりのものが手元にない。これらの無い調理材を代用品でまかなったので、言葉を足した。

さて、そのレシピは。
豚肉を炒め、茄子とレンコンを油で揚げて、香りの出る香辛料を加えて煮る、というもの。 こちら→

真似て作った、我が方の出来上がりは次である。


この中で何を代用したか記してみよう。
左がレシピ、右が代用。
代用は料理人が代用できるといっていたものとK独自のものの二つがある。

 レンコン →  ピーマン(K)
 紹興酒 → 日本酒(K)
 泡辣椒(パオラージャオ) → 豆板醤(料理人)
 酒醸(チューニャン) → みりん(料理人)
 黒酢、米須 → 柚酢(K)
 枝豆 → なし(K);(注)枝豆はなかったがエンドウならあった。エンドウを入れようかとも思ったが、ピーマンの青色があるのでなくても良いと判断した。

さて、味であるが、それなりにかなり美味しいと感じた。
ただし、本物を食べていないので、どれほど違うかは分からない。
今後も作る可能性は大いにあると思うが、今回の味が、我が家の「魚香茄子(ユイシャンチェズ)」になるのであろう。

紹興酒は常備していたのがたまたま切れていて、次回外出時には求める予定。泡辣椒と酒醸は今後も代用で済ます予定で、今のところ買う気はない。



2020年7月14日(火)
島根の大雨

1週間を超える今回の長雨であるが、この間、島根は降らないと喜んでいた。
ところが一転しての大雨である。

極めて個人的な情報であるが、今回の経緯を振り返ると次のようになる。

いつものことであるが、尿意で夜中に目が覚めた。未明の1時過ぎのことである。
外で強い雨音がするので、パソコンで雨雲の様子を見た。九州から山陰にかけて強い雨雲がかかっていた。
今回は、これまでとは様子が異なる様子が読み取れた。
一旦寝て朝を迎える。一晩中降った模様であった。
降水量を近くの公民館データで調べると、昨夜の遅くから今朝にかけて、間断なく降り続けていた。
その量は10分当たりで2mmないしは2mmを超える値で最大値は7mmである。合計すると114mmとなった。


河川の様子を見てみた。
2階の廊下から見える、眼下の小川である。今にもあふれそうな勢いであった。
江川の様子を、ネットのライブカメラで調べてみた。当地から最も近い場所のカメラ映像である。
時間は6時25分とある。

里庭の周辺を調べてみた。
あちこち水はあふれたりしているが、特に問題はなさそう。
流砂防止のビニールシートは、不備の点が見えるものの一応効果を発揮していた。
簡易雨量計はも少しであふれる340mmになっている。この雨量は7月3日から始まった令和2年7月豪雨の里庭で降った雨に相当する。

当地の雨は9時頃には止んだ。
一方、江川の水位はその後も増え続け、被害が生じる結果となった。
夕方のテレビ報道によれば、予想外の大被害が発生している。



2020年7月13日(月)
神岡町立図書館
7月7日に登場した「天声人語の七年」はまだ手元にある。

この本の中で、歴代の執筆者に触れた個所があって(p87)、荒垣秀雄の名が出る。
「天声人語と言えば荒垣」と言われるほど、荒垣氏は天声人語の執筆者としては有名であるが、その執筆時期は、1946年4月から1963年5月とある。実に18年の長きに渡る故、その名が出るのは不思議ではない。
また、名文であったのだろう。
ただ、1963年はKの高卒時であるから、氏が書いた時期はそれ以前にあたり、おそらくKは氏の文を読んだことはないのであろう。
荒垣氏の後の執筆者は入江徳郎となっており、入江氏の時期は63年5月から70年7月とある。
Kが最も集中して読んだのは、入江氏の文であろう。
入江氏も名文家として名高い。

今日のタイトルから少しずれた。元に戻す。
荒垣氏は「人語」の執筆者としては名高いが、Kが住んだ神岡の出身者であることは世間にあまり知られていない。
Kが知ったのも、神岡に住んでからである。
街の住人にとれば誇りであるから、そのことを話すときは、みな自慢そうに話していたのを思い出す。

町には図書館があって、時々通ったこともある。
その図書館内には、独立した書架があって、「荒垣秀雄文庫」(であったと思う)の名が冠してあった。
荒垣氏が寄贈されたものであろう。
ただし、その中から借りて読んだ記憶はない。

神岡の図書館で借りたことに間違いないのは、クラシック音楽のCDである。
著名な作曲家の代表作を集めたシリーズで、「きょうせい CD世界の音楽」の名があり、50枚のCDから成り立っている。
これを全て借りた。
理由はその場で聞くのではなく、コピーをとるためである。
時期は平成13年(2001年)3月。八色石に帰る年のことである。
CDの読み書き装置とラベル情報を読み取るためのスキャナーを買い求めて作業をした。
帰省前に終わるよう、精力的に作業した記憶がある。
ラベルには「神岡町立図書館蔵書」のゴム印が押したあった。

そのCDは今でも手元に残っている。


ただし、現在はこれら音楽情報を全てNASシステムに取り込んでいて、CDをかけて聴くことはない。

NASとは こちら→(2017/9/5)

神岡町立図書館は、現在は飛騨市立図書館となり、場所も変わって旧町庁舎に越しているらしい。
「荒垣文庫が」が残っているかネットで調べたが分からなかった。



2020年7月12日(日) ラベル712
自然観察会
ハンザケ自然観が主催する観察会に参加した。
毎年行われる観察会であるが今年はコロナの関係で公募はせず、「昨年の参加者に声をかける」という形で募集がなされた。

講師はいつもの、生き物に詳しい先生。
今年のテーマは「湿地の動植物」。
邑南町の特に瑞穂は島根県にあっても湿地(湿原)が多い場所なのだが、それが消滅仕掛けているらしい。
原因は管理不足。草刈りや周辺の木々を除いて、日当たりを確保しないと、湿地特有の生物は消滅するという。
皆で協力して保全してゆきたい、との呼びかけがあった。


参加者は30名位。座学と現地見学。
ただし、講師から、「珍しい生物の存在とか、現地が特定できるような情報の公開は控えて欲しい。『すぐに荒される』危険性がある」と要請があったので、ここに紹介できるものはこの程度。

現地では、湿地の植物として多くのものが紹介されたが、その大半は(9割くらいか)里庭内で見ることができる。
豊かな中で生きているのだ、とうれしい気持ちにさせられた。



2020年7月11日(土)
梅雨の合間 その2

前線が弓なりに反っている関係で、九州、四国、岐阜や長野などの中部地方で大雨というのに、中国地方、特に山陰は今日は梅雨が一休みである。

今日は外仕事に精を出した。
午前中は時々日のさす中で草刈り。

雑木の下を刈った。紐で刈る。
今年になって2回目であるが、草丈が伸び、茎も太くなって少々難渋する。
ほぼ2時間で完了した。

午後は別の作業。空はまだ明るい。予報では降水確率は20%という。これなら夜まで雨は無かろうと決行することにした。
除草剤の散布である。
環境にやさしい里庭作りを目指すものの、そうとばかりは言っておられない面もあって、時には除草剤も使う。
ラウンドアップ系の液体除草剤であるが、ラウンドアップは高価なのでジェネリック品を使う。
希釈率はおよそ800倍。タンク容量10Lの背負い式散布機に満タン作る。

狙いのターゲットは主に3種類。「クズ」と「セイタカアワダチソウ」と「ギシギシ」。
これらは、広がり始めたら手が付けられなくなるので、目につく端からピンポイントで除草剤を掛け根絶を期す。
10年以上前から実行している作業で、里庭保全には欠かせない作業と思っている。実施回数は年に2、3度である。

この作業に関して新手を考案した。クズの除草に関するもの。
クズは四方八方に蔓を伸ばし、その長さは数メートルに及ぶ。以前はこの伸びた蔓を追いかけて除草剤を散布していたのだが、この場合は枯らさなくても良いものまでに影響が及ぶ。
新手というのは、事前に蔓を手繰り寄せてひとまとめにし、まとめた蔓や葉の固まりに除草剤を掛ける、というもの。
これで十分に根絶できる。
この手法、以前、田舎住まいの長い友人に教えたら、「真似てみよう」と喜んでいた。


(上左;クズ、上右;セイタカアワダチソウ、
下中;ギシギシ、下右;ギシギシに以前かけた結果)


あちこち点在しているので、小1時間の作業になった。
仕掛かり時は14kg(タンク+除草剤)の荷を背負う。終了時でも、液が残るので5kgはある。
息が切れるほどの重労働で、終わると汗びっしょりになる。

今日はウォーキングは取りやめた。
ウォーキング以上の有酸素運動はしたと判断したからである。




2020年7月10日(金)
椅子の修理
昨日も触れたが今回の豪雨、当地の雨量は少ないとはいえそれなりに降り、外仕事ははばかられることが多い。
となると、屋内に籠るほかない。
結果的に小欄はネタ不足に陥る。
致し方なく数日前の屋内作業を披露してお茶を濁すことにする。

事務机の椅子として使っているロッキングチェアの修理である。
このロッキングチェア、すこしばかり謂れがあって、以前に触れている。 こちら→(2018/2/21)

冬季はこの椅子の下に温風ヒーターから出る熱風を引き込む。熱風により椅子の接着剤が劣化し、暖かくなったこの時期に、椅子の割れに気づくことも多い。
数日前から、座り心地に違和感があり、敷いていた座布団をめくったら、やはり割れていた。

この手の修理は何度も経験していて手順は承知済み。
納屋から必要な道具や木工ボンドをもって2階に上がった。
ただ一つ用意し忘れたものがあって、それは木工ボンドの受け皿。
何かないかと近くを探すと、窓際の物置個所に、以前インクカートリッジを掃除したとき使った小皿があって、横着の結果、インクがこびり付いたままの状態で残っていた。残ったインクがどうなるか心配はあったが、ままよと使うことにした。

後は手順通りである。


案の定インクは水性で、ボンドを入れたらすぐに溶け始めた。ボンドは緑色に濁るが、そのまま作業を進めた。
結果に大きな影響はあるまい。
横方向に締め付ける技(わざ)として、ロープを巻いて絞り上げる方法を採用しているが、これは自分の考案で、何か見て知ったものではない。
高等技術と自画自賛しているのだが、この手の世界では常識技なのかもしれない。

一晩放置してボンドを乾かし、現在問題なく使用している。



2020年7月9日(木)
梅雨の合間
7月4日の未明から始まった今回の一連豪雨を気象庁は「令和2年7月豪雨」と名付けたという。
当地も、災害こそなけれど、連日の雨である。
当地の場合、雨は3日の午後から降り始めた。それ以来ほぼ全日、昨日までは降り続いている。
今日も全国的には雨であるが、山陰と東北、北海道は、前線が南に偏っている関係で降っていないらしい。

そんな関係でこの数日ウォーキングを休んでいたが、今日は久しぶりに歩いてきた。
春とか秋とかのように、日ごとに景色が変わるということのない今ころは、数日ぶりに歩いても特段変わった景色に会うことはほとんど無い。緑一色の中を歩くことになる。

そんな中で可憐な花に出くわした。
コースに組み込んでいる田圃の畦道である。


ネジバナ。
形の良いのが10輪近く咲いていた。

ところで、ネジバナと言えば、里庭内にも名所があって こちら→(2018/7/11)
ウォーキングの帰りに寄ってみたが、1ヶ所まとまって咲いている以外、ほとんど見当たらなかった。
花芽を刈らないよう、今年も早めに草刈りを行っていたのだが、咲かない理由を思いつけない。

なかなか、思うようにはことは進まない、ところもある。

明日からは、また数日雨が続くらしい。



2020年7月8日(水)
垂直避難

今回の、北九州から岐阜に至る大水害、予想を超える大被害をもたらした。
たまたま、熊本には親しい知人が住んでいて、そして岐阜はかつて我々が住んでいた場所に近く、被害の映像が映るたびに、人ごとに思えず心が痛む。

この大雨予想は、九州から岐阜に移動する間に島根上空を通過する可能性が高いと予報されていた。
町は昨日の午後4時頃には、各公民館を避難場所として開設したほどである。

こんな状況下、我が家の場合であるが、これまでは、「家屋は谷筋でなく尾根筋に位置する。土砂崩れに遭うことはなかろう」と何の処置もしてこなかった。
しかしながら、過去被害に遭った人は口々に言う。「我が家は大丈夫と思っていた」と。

出来ることは実施しようということになった。
何をするか。
思いついた対策事項は昨今よく言われる垂直避難。
これならすぐできる。

普段寝ている場所は」、1階で、しかも山際に最も近い場所に位置している。これをKが常用する2階の部屋の隣に移動しようという案である。
2階で、しかも山際から一番遠い場所になる。
夜、さっそく実行した。

朝目覚めたら何事も起きていなかった。
雨筋は、予報より少し南にずれたらしい。
それでも一斗缶雨量計を覗くと100mmを超える雨水がたまっていた。少なからぬ雨である。

そして、垂直避難の寝心地であるが、特段の問題はなく、少なからぬ雨音にも気づかぬくらい良く寝られた。
今後は、災害が予想される折は垂直避難を実行するつもりでいる。



2020年7月7日(火)
文語の文章

またもや図書館で借りた本にまつわる話である。
今回借りている中に「天声人語の七年」というのがある。言わずと知れた「朝日」のコラムのこと。
著者は「白井健作」とある。昭和63年から平成7年まで天声人語の執筆を担当した人の著作であった。

執筆中の出来事や文章、文字、方言など、様々な話題が取り上げられてなかなか面白い。
そんな中にあって、話し言葉と書き言葉の話題に話が移り、今ではかつての文語で文章が書ける人が少なくなった、と嘆きつつ、「若い人に是非読んでもらいたい、と私が思う名著がある。『戦艦大和ノ最後』(講談社)という本である。中身もさることながら、格調の高い文語体の文章が素晴らしい」とある。

「戦艦・・」の本のこと、初めて知った。こう勧められては、読まずばなるまい、若くはないが買い求めることにした。やはりアマゾンである。ほぼ半値。

開いてみて驚いた。文語体は承知していたが、カタカナとは思わなかった。
読んでみると、確かに格調高い文が並ぶ。
説明より、触れてもらうのが良かろう。文の最初と最後のページを並べてみる。

文体もさることながら、内容も見事であった。まるで、ドキュメンタリー映画を見ている印象である。
読み始めの当初、最後までは読めないか、と思う時期もあったが一気に読み終えてしまった。
著者の吉田満氏が大和に乗り込んだ昭和19年は、氏は21歳とある。
帰還後吉田氏はこの本を著した。あとがきに「この作品の初稿は、終戦の直後、ほとんど1日を以って書かれた」とある。
教養の差を思い知らされた。

吉田満氏はその後日銀で要職を務め、昭和54年に56歳で亡くなられたという。



2020年7月6日(月)
テレワーク
昨今コロナ禍の影響でテレワークの潮流が強いが、かつてKもテレワークをした経験がある。
昭和48年のことなので、50年近く前のことで、その時代としては極めて異例の出来事と思われる。

工場(三井金属・ダイカスト事業部)は川崎にあった。
上司に国安さん(故人にて実名をつかう)という人がいた。
国安さんのことは別稿に詳しい。 こちら→

当時、会社(三井金属)を挙げて国安さんを工学博士のしようという動きがあって、Kはその手伝いもしていた。
博士になるには大学に学位論文を提出する必要がある。そして学位論文の内容は、それ以前に、各学会で発表した2桁以上の論文で裏打ちされたものでなければならない、という制約があった。

論文は東大の千々岩という教授に出す予定である。
手伝いとは、その論文の原稿書きであった。
国安さんは当時鋳造課長で、現場があり多忙で、書く時間がない。代わりに、下書きをKがおこない、清書はご本人がするという段取りである。
会社で下書きをするより、自宅でする方が効率が上がろうと、資料を持ち帰り自宅で原稿を書くことになった。
今でいう、テレワークであろう。
期間は1週間前後であったような気がする。

鮮明に残っている記憶の1場面がある。
夜間暗くなって、資料が必要になったのだろう、会社に出向くことになった。まだ車は所有していない。自転車で行く。Mと結婚してすぐの頃で、自転車の後ろにMを乗せて会社まで行った。
鮮やかな記憶とは、この自転車の後ろにMを乗せた場面である。

その、提出論文の写しが手元にある。


300ページに上る大論文である。
残念ながら論文は通らず、博士号は実現しなかった。

別稿にも書いているが、国安さんはその後本社に移られ、53歳の若さで鬼籍に入られた。
亡くなったあと、工場に残っていた国安さんの関連資料の整理を命じられてKがした。
膨大なものが残っていて、その中に、当該論文の生原稿と写しがあった。
生原稿は奥様に返す箱に入れ、写しをこっそり頂いた。

それが今、手元に残っている、所以である。

記憶に残っている映像と、実現しなかった幻の論文。
”テレワーク”の言葉を聞くたびに思い出される出来事である。



2020年7月5日(日)
本日休刊
2020年7月4日(土)
ある コラムの終了

小欄に何度か登場したコラムが終了した(という)。
今朝の「五郎ワールド」で初めて知った。

終了したのは、読売に月一回掲載されていた「時の余白に」である。
毎日目を通しているはずなのに、どうして見逃したのだろう。
4月25日ならまだ残っているかも、と古新聞の山を探したら、有難いことに残っていた。

確かに、今回が最後とある。
愛読していたコラムであるだけに、終了は寂しい限りという感が強い。

終了するコラムに対して、橋本氏のような論理的な解説はできないが、Kにとって芥川氏の思考や文章は心に安ど感を覚えるものがあった。
それはきっと、今回のコラム文にも載っている「畑を耕して一生を終わる老人の穏やかな表情」に価値を感じる、氏の思考法に同調するからかもしれない。

氏のコラムが小欄に登場したのは、探してみると、小欄を初めてすぐの頃である。 こちら→(2016/6/25)
そして最後は、昨年の9月であった。 こちら→(2019/9/2)
その間に、氏も良寛愛好家であることを知り こちら→(2018/5/28)
「閑」のある生き方の価値も示してもらった。 こちら→(2018/3/2)

今回のコラムによれば、氏は72歳らしい。Kより4歳若い。
「退職」の文字もある。
これからどういう生き方をされるのであろう。
著名な文筆家であるから、世間が放って置かないであろうが、案外に「閑」のある生き方を選ばれるやも知れない。



2020年7月3日(金)
ブタナの脅威

ブタナの繁殖力については以前触れている。 例えば こちら→(2020/5/16)

それが里庭内にも進出し始めた。
たまに、裏山の方でも見つけることがあるが、特に多いのが前庭。母屋の前である。

すぐ前が町道で、町道沿いの畔にブタナが多く発生する。
その種が飛んで活着するのであろう。


昨年までは、この辺りで見ることは無く、少なくとも抜いた記憶はない。
ところが、今年はちょくちょく見かける。

花が咲き、種になっては困るので小さいうちに抜き取ることにした。
探してみると小さな株があちこちにある。わずかの時間で20個弱始末した。

普通、抜いた草は枯らして腐らし堆肥にするのだが、このブタナのみは即座に焼却である。

昭和初期に日本に来て広がったらしい。
それでも、「コロナ」よりはまだましか・・・。

余談;コロナだが、今日の感染者は全国で236名という。200名を超すのは5月3日以来らしい。丁度、2ヶ月前である。
第2波が現実味を帯びてきた。
各々油断召さるな、というところである。

2020年7月2日(木)
S氏の贈り物

小欄に何度も登場してもらっているS氏から宅急便が届いた。
開けてみたら「筍の缶詰」である。飛騨地方の特産品。

筍と言っているが、笹の芽らしい。
飛騨地方は寒さが厳しいので竹は育たないのだという。したがって本品は「チシマザサ」の若芽の部分をタケノコと称しているらしい。
神岡にいる折り、このタケノコの採取経験があるMによると、クマザサの生い茂る中を分け入って採るのだそうで、採るだけでも大変な労力を要するらしい。
それを、湯がいて、皮を剥き、そして缶詰にする。膨大な手間暇をかけて出来た代物である。

品が届いてすぐに、お礼の電話をし、電話口にMも出て、先の体験談をS氏に語っていた。

S氏にはおよそ1年前に会っている。 こちら→(2019/6/9)
小1時間話した中で、この缶詰を送るということになったのかもしれない。当方は忘れているのに、氏は約束を(酔った会話の中のも)必ず守る人で、それで贈ってくれたものかもしれない。

先の電話の中での話。
今回のコロナ禍は飛騨でも大きく影響しているという。会社を運営しているのだが仕事は半分に減ったという。雇用を守るに必死だと語っていた。

S氏との付き合いは長い。次の挿話の中にも登場するが、猪突猛進型の人で、その性格を示す1例である。 
 こちら→



2020年7月1日(水)
ペコロス
玉ねぎの小さいのを「ペコロス」というらしい。今日、初めて知った。
種類は同じで、密生して栽培し収穫するという。もっとも、専用の種類もあるとか。

Mの手による我が家の場合は、意図せず、不本意ながらペコロスの生産になった。

少し余談だが、Mの母(義母)は玉ねぎ作りが上手である。90余歳にして今でも元気。自作の玉ねぎを孫(Kらの長男)に送ったりしている。この技能は、残念ながらMに遺伝しなかったらしい。

一部収穫して持ち帰っているがそれでも相当数ある。大量消費の方法を考える必要が生じてきた。
「小さな玉ねぎ」で検索した。

無数のレシピの中から探し当てた料理である。
レシピは こちら→

ある材料で真似ることにした。
「ほんだし」の代わりには「あごだし」を入れた。


ポトフとは元々フランス語で「鍋料理」のらしい。
鍋なら豆腐も良かろう、と最終段階で思いついて入れてみた。

初めてのレシピで出来栄えにはイマイチ自信がなかったのだが、食べてみると思いのほか美味で、これならまた作っても良かろうと、レシピを保存した。



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Kの散歩帖