(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

2020年1月31日(金)
iPod touch
iPod を買い替えた。
今度の機種はiPod touch 7である。
これまでのものはiPod touch 5。
アマゾンで購入したので履歴が分かり、2013年の10月に求めている。64GBで35,100円となっている。
スマホを購入する前である。

スマホがあれば要らないだろうと思われるが、寝る前に落語を聴いたり、朝方深夜便を聴いたりするのはこのiPodで、そういう意味では生活上不可欠の道具になっている。

このiPodが昨年春頃から不調になってきた。不調個所はバッテリー。充電してもすぐに容量が無くなってくる。
買い替えようかと調べたら、秋ごろには新機種が出るかも、という情報がある。
どうせならそこまで伸ばせないかと思案して、小型で安価な充電器を買い求めて凌いできた。
ところが昨今、「コネクターが合いません」というエラーメッセージが出るようになって、これも受け付けなくなってきた。
いよいよ潮時と考えた次第である。


(左;旧にバッテリー接続、中;新の一式、右;新旧本体)

アマゾンを調べたら新機種が出ていた。128GBで定価36,080円のものが13%の値引きがあって31,536円とある。買い求めた品が昨日届いた。

ところが、今日再びアマゾンを見たら、値引きが僅か11円で36,069円で売っている。
どういう仕組みかわからぬが、かなり安い値で買っていた。
悪い気はしない。



2020年1月30日(木)
傑作
木曜日で料理当番の日。
木曜日だけは鍋を外して、一汁二菜を心がけている。
そのうちの一つに選んだのが、大根の中国風漬け物。

冷蔵庫や周辺で大根を探したがない。小降りの雨が降っているが仕方なく畑に採りに行った。
手っ取り早く、一番近場のものを抜く。
抜いてびっくり、見事なできのものであった。まさしく「大根足風」。
Mに見せると「写真に撮ったら」と提言が出た。
太さを強調するアイディアで一升瓶を使うのもMの提案である。


ところで、漬け物の方。採ってきた大根の1/3位を使う。
正式名は「大根の中国風しょうゆ漬け」といい、先日「あさイチ」で紹介された。
一度作ったら好評で2度目の登場になる。 レシピは こちら→

置いておく時間が少し必要だが(レシピには一晩とあるが、2〜3時間置けば十分食べられる)作る手間はいたって簡単。しかも美味。

素材も料理も大傑作である。



2020年1月29日(水)
再考の要あり

またしても読売記事である。

高齢者の生き方を3人の識者に聞く内容。
そのうち春日キスヨ氏の意見はKにとって納得(耳が痛い)の点が多かった。

春日氏がいわれるように、自分なども、なんとなく「ピンピンコロリ」でいけるのではなかろうかという、希望的観測の下での生き方しかしていない。
「ヨロヨロ・ドタリ」の覚悟や準備は全くしていないというのが現状である。
ヨロヨロが来る可能性は十分あるという前提で、物事や思考を整理しておく必要がある、ようだ。

氏の結びにある。
生き方は自分で選び引き受けていくしかない。「こんなはずではなかった」と後悔しないよう、災難の可能性を考慮に入れて、暮し、寿命観、家族観、人生観について再考の要あり、である。

記事を読みながらそんな風に思ったところである。



2020年1月28日(火)
寒の餅つき

我が家の恒例行事である・。
寒の餅つき。

今年は2人で実施した。

経緯は過去の記載に詳しい。

 2015年 こちら→
 2016年 こちら→
 2017年 こちら→(2017/1/28)
 2018年 こちら→(2018/2/11)
 2019年 こちら→(2019/2/3)

2020年1月27日(月)
抗老化

昨日の読売記事。
抗老化物質が実用化される可能性が出てきたという。

いいことか、悪いことか。

つい100年前までは、人生僅か50年であったものが今や100年時代。
医学他の進歩で伸びてきたのであろうが、むやみに伸びても困ることにならないか。

適当なところで死んでゆくのが幸せであろう、と思うのだが・・・。




2020年1月26日(日)
お知らせ

小欄を含む当HPには、いくつかアクセスカウンターを貼り付けているのですが、そのカウンターの配給元(忍者ツールズ)でシステム障害が発生しているようです。
  こちら→

この影響を受けているのだと思われますが、当HPで表示に時間が掛かったりなど、一部おかしな現象が現れています。

当初、この配給元の異常を知らず、当HP内を調べたりなどしましたが異常は見つかりませんでした。
今のところ、このカウンター異常が原因と思っています。

ご了承ください。


2020年1月25日(土)
早くも野の花
数日ぶりに晴れ間が覗いた。
ウォーキングも晴れの日が気持ちはよい。

そんな中で、少しびっくりの光景。
早くも野の花が咲いていた。

オオイヌノフグリ。


昨年もこの花のことに触れているが、それは3月である。 こちら→(2019/3/3)
1月以上早い。

春の訪れは嬉しいことではあるが、異常と思われるほどの早さは考え物でもある。

このまま、雪の無い冬、の気配が濃厚となりつつある。
農家の人で、田んぼの水不足を懸念する人も少なくない。



2020年1月24日(金)
山紫水明

「朝、窓のカーテンを開けたら、眼前に・・・」という趣旨の言葉で始まる小欄は少なくない。
最も直近は こちら→(2018/12/8)

今日もその類。

一仕事終えて窓外を見ると、正面の山にかかるく霞み(雲?)が不思議な雰囲気でかかっていた。
何気なく1枚写真に収めたのだが、時間を置いて再び目をやると、その光景がまだ続いていて、しかも、刻々と微妙に変化をする。

この長さと微妙な変化は、これまでに経験したことが無かったので、ついつい何枚か写真に撮ることになった。

日本画にでもなりそうな景色。

1階に降りて、しばらく用を足して再び2階に上がると、普通の景色に戻っていた。
まあ、それだけの話である。




2020年1月23日(木)
藤井恵さんのうどん

我が家の食事製造ルール。
朝食は99%がM。
夕食は、Mが仕事に出る日はKが担当。
で、決まっていないのが昼食。成り行きでMが作ったり、「どうする?」とお互いに相談したりなどで決まったりなどする。

さて今日は、昼前Mから声がかかって、「夕食は私が作るので、昼を作ってもらえない?」と呼びかけがあった。
その気はなかったのだが、一つ試案があったので、了解することにした。
その試案が藤井恵さんのうどん。
昨日の読売に載っていて、めったに切り抜かないのだが、今回は興味がわいて写真で撮っていた。

冷蔵庫を見ると幸い豆腐はある。これが無ければ様にならない。
あとはどうにでもなる。
蒟蒻(コンニャク)がないが油揚げがあるのでこれで代用。
牛蒡(ごぼう)はあるが大根と人参が冷蔵庫にない。下屋の下にないかと探しに出たが、そこにもない。「どうしようかと」声に出して思案したら、Mが「畑から取ってこようか」という。
産地採りたての大根と人参を使うことになった。

後は難しくない。煮込んで、味を調えて、うどんを入れるだけ。

うどんの味としては初めて経験するような味であるが、薄味で美味しいものであった。
昼食用のレパートリーが一つ増えることになった。



2020年1月22日(水)
赤いメモ書き

食卓テーブルでKの定席の左前には文箱を置いている。
ほぼ1年前からで、調べてみたら昨年の1月2日であった。 こちら→(2019/1/2)


が、今日は文箱の話ではない。文箱の横に置かれる赤文字で書かれたメモ書きのことである。

およそ半年前位から始めた。
昨年高校の同窓会を実施したが、これがきっかけである。
同窓会は6月頃から動き始め、10月に終了した。

この間、Kは事務局を担当したが、事務局の仕事として「キー」になるポイントがある。
「○○までにXXを頼んでおかねば業務に支障が出る」というような事態のことである。
この時、忘れ防止の方法として、この赤いメモ書きを始めたのであった。するべき業務の内容は頭の中にあるのでくどくど書く必要はない。○○か××かを書いて置けば用が足りる。忘れ防止の切っ掛けになれば良い。
頭の中で10月までの進行をシミュレーションしながら、何か事あるごとに忘れ防止として、この赤いメモ書きを多用した。

同窓会は10月に無事終了したが、この「赤いメモ書き」は習慣として残った。
忘れても、取り返しがつくようなことは書かない。絶対忘れるはずのないことも書かない。
多くの場合、ちょっとした出来事だが、もし忘れたら他の人に迷惑がかかる、というようなものを書く。

今回の「買物」の事例。
老人会の新年会に関係する。
Kは老人会の会計を担当していて、新年会の折りの飲み物と果物を買うことになっていた。
近郊のスーパーで買うだけで、大きな出来事ではない。したがって忘れそう。
ということで4、5日前から置いておいた。
実際には昨日、図書館に行くのと一緒に用事を済ませて、メモは用を終えた。

新年会は今日。10時から始まり、14時頃滞りなく終了。

今日の小欄、新年会を取り上げる手が無いわけではないが、こちらは何回かネタに取り上げられていて、新鮮味が薄く、「赤いメモ書き」を主題にしてみることにした。



2020年1月21日(火)
私は止めぬ

今朝の読売記事。
30年愛飲した酒を止めたという。

止めた結果で、振り返ってみて、どちらが良かったか分からない、というのが氏の結論であろう。

Kの場合、愛飲の歴史は町田氏より長い。
高校時代、下宿している友人の部屋で飲んでいたので、ほぼ50年に近くなる。
この間、ほぼ毎日飲んできた。

現役で勤めていた頃は酒の量も多かった。
泥酔して帰って、ソファーに座って煙草を吸い、その煙草をソファーに落として焦がしたこともあった。
その焦げ跡は今でも残る。

煙草は60歳の誕生日に止めた。
したがって今は、いくら酔っても焦がすという心配はない。

ただそのように、我を忘れるほど飲めなくなった。
大酔いする前に眠くなるのである。

うとうと眠るのは、当人は気持ちが良いのだが、見ている他人は気分が悪い。
「布団で寝たら」と、小言を頂く羽目になる。

それでも酒は止められぬ。

飲む5年と飲まない10年、どちらを選ぶと問われたら、5年を選ぶ。
飲む人生に悔いはない。
町田氏とは結論が異なることになる。



2020年1月20日(月)
MがNHKに出演

と言っても、県内版ニュースの中でインタビューを受けた映像が何秒間か流れた、というだけの話である。
放送は今日の昼と夕方。撮影されたのは昨日である。

Mは昨日、友人と二人で益田市にある水仙の里を訪れた。海岸沿いに水仙が200万本植えられているといい、県内ではチョットばかり有名な場所ではある。
昨日は「鎌手ウォーク」とかいう水仙を愛でるイベントがあったらしい。

たまたまNHKのカメラ(男性一人)が入っていて、「インタビューに応じていただけませんか」と求められ、応じたという。

下はインタビューを受けている時の写真。同行の友人が撮ったもの。

そして流れた映像が こちら→
YouTubeに投稿して閲覧可能にした(放送録画をスマホで再撮影したもので、色の悪いところがある)。

夕方は放送されるかもと身構えていたが、お昼の放送は予想外で、たまたま昼の放送を見たMの友人から「見たわヨ」と電話が入ったりして驚いたらしい。

夕方はKも加わってしっかりと見た。
受けたインタビューは長かったらしいが、放送された時間はわずかであった。
いい思い出にはなろう。


2020年1月19日(日)
黎明の月

朝、一仕事終えて外に出たら、夜明け前の月が出ていたので、それも雲一つない中で輝いていたので思わず撮った。

時刻は6時49分である。

月齢カレンダーというものがあって こちら→
それで見ると、今日の月齢は23.9日。欠ける方向に向かっているものらしい。



2020年1月18日(土)
KitKat

毎朝コーヒーを入れ2階で飲んでいることは既にふれた。 こちら→(2018/12/25)
今でもほぼ100%継続している。

ただし、これまでの紹介は2階にもって上がるまで。上がってからどうしているかには触れていない。
今日はそこのところを少し。

2階に上がって最初にする業務が小欄の昨日分をかくこと。頭を回転させる必要がある。
そのためには糖分が要る。
で、コーヒーと一緒に甘いものを食べることにしている。
個包装された菓子類を2種類食べるのが慣習になっている。

この甘い食材は自分で調達するが、その中に必ず入れるのが「KitKat」というチョコレート菓子。
その他には、レーズンサンドとかバウムクーヘンとか気分と寄った店の在庫の中から適当に選ぶが、このKitKatは欠かせない。
KitKatにもいろいろ種類があるようだが、決まって求めるのは「赤」と「黒」。以前「緑」の包装の品を求めたが、これは私には合わなかった。

このKitKatは昨年から包装が紙に変わった。マイクロプラスチックなど、プラスチックによる環境汚染の問題がクローズアップされているが、これへの対応である。
良い試みで、他のメーカーも追随するのではと個人的には思ったが、今のところその兆候は見られない。

小欄を書くにあたりKitKatのHPなど覗いて見たが、コスト高になるなど問題はあるようだ。
HPを覗いて初めて知ったのは、宣伝の象徴イメージは包装紙で折った「折り鶴」なのだという。
確かに包装紙には折り鶴が描かれている。

今日の小欄、コーヒーを飲みつつKitKatを味わいながら書いている。



2020年1月17日(金)
備忘録の改良

スマホで口述筆記をして日記を書く、という行為をまだ続けている。
この日記のことを「備忘録」と名付けているのだが、小欄でもっとも直近で触れたのは1年前まで遡る。
こちら→(2019/1/11)

苦労して作り上げた記憶がありその時は十分に満足したのであるが、使い続けているうちに若干不満を覚えるようになっていた。それは編集に時間が掛かるという問題である。

Googleドキュメンの文字列をコピペして備忘録に貼り付け、編集のボタンを押してから編集文が表示されるまでに10数秒かかる。10数秒は通常はわずかな時間であるが、待っていると結構長い。
ただこの原因は、固有名詞などを自動的に翻訳する機能を付加して編集精度を高めた結果で、致し方ないものとも思っていた。

さて、年が改まった。
これまで今年の分は、スマホで口述筆記したままで放置である。
新年度分の記述欄を作らねばならない、と思い立った。これは昨年苦して準備しているので、問題なくすぐに出来上がる。

ところで、時間が掛かる問題は何か手はないのか、とも思い始めた。
思いを巡らすうちに思い当たることがあった。
翻訳用の単語は100組くらい登録してあるが、この登録先は別のシートである。
別のシートの単語を読みに行って、戻ってきて修正を繰り返している。ここに時間が掛かっているのだ、と思いついたのであった。

別のシートの値をコピーして備忘録のシートに貼り付け、同じシート上で翻訳するというプログラムに書き改めた。
昨日から今日にかけて試行錯誤を繰り返しての、2日掛りの作業である。昨夜は睡眠時間を削ってまで作業した(別の作業も含んではいるが)。
必ず短くなるはずである。
今朝、結果を試してみた。
結果は無残であった。ほとんど時間が変わらないのである。

茫然自失の中で偶然に思いついた。”モーグ(moug)”がある、と。
モーグとはExcel などのお悩み相談所(掲示板)である。何年も使っていないがまだあるはずと探してみた。
あったし、まだIDも残っていた。

悩みの内容を記述して投稿した。午後2時過ぎである。
1時間後に開けてみたら回答が2通届いていた。同じ人が2回、回答してくれている。
そのうちすぐに対応できる、再計算を手動にする、を試してみた。
驚くことに1、2秒で編集が終了したのである。完璧であった。

早速お礼を書いて投稿した。

当然のこととはいえ、世の中には詳しい人がいる。1年間悩んだ問題を瞬時に解決してくれた。
思いつきもしない原因であった。

これで、備忘録の使い勝手が大分よくなる。



2020年1月16日(木)
池内紀

話の発端は少し遡る。昨年12月のこと、深夜便をたまたま聴いた。

対談が始まっていて、聞くともなく聞いていると、ディレクターらしい人が本の著者に話を聞いている模様である。話題は「年寄り」のこと。加齢に伴って現れる状況を分類しているらしいが、内容はすこぶるユーモラスであった。
話が色々展開する中、著者は70歳になった時、自分は77歳の時はこの世にいないと思い定め、その後の生き方を考えてきたとも話す。ただ、今は既に77歳を超えたので、もう3年は生きても良いとして折り合いをつけているともいう。
著者は、この思いで生きた中で出会う出来事をメモにし、、そのメモを編集して本にした、らしい。
自分の寿命を77歳と決め込むところが面白い、と話を聴いていた。

対談が終わって、アンカー(アナウンサー)が、只今の放送は「アーカイブス」で今年お亡くなりになった人の対談で好評のものを再放送したという。本放送は3月放送されたもので、対談者の名前はイケウチオサム氏だという。
生きている人と思って聴いていたのに、亡くなっていたのか。77歳を超えたと話していたが、何歳で亡くなったのとか。自分の中で思いが駆け巡った。とりあえず著者の名前を忘れないようメモしておいた。

数日たって思い出し、ネットを探すと出てきた。漢字では「池内紀」と書く。ドイツ文学者でエッセイスト。
知らない人と思っていたが、ネットに映る写真の顔には見覚えがあった。
亡くなったのは昨年8月。死因は虚血性心不全とある。
著作名は「すごいトシヨリBOOK」らしい。
若干迷ったが買うことにした。例によってアマゾン。ほぼ半値。

届いたのは12月22日となっている。ぼちぼち読んで、半分くらいで読みとどまっている。

本の内容もさることながら、77歳と予言していて、それを78歳で実現する(結果的であっても)ひととは、どのような亡くなり方をされたのだろう、と気にはなる。
勿論著作には載っていないし、ネットなどに載るはずもない。

そのままで日が過ぎ、ほぼ失念していた。

数日前、例によって図書館に行く。今回は文藝春秋があった。昨年11月号。

巻頭随筆は決まって読む。
読み進めるうちに「父を弔った五日間」というのがあった。
冒頭は「父・池内紀が無くなったと知らされたのは、8月30日の早朝であった。」という書出しで始まるものである。読み進む。ただし、その冒頭部では何も気がつかなかった。

少し読み進めてはっとおもった。もしやあの人ではと。
振り向いて後ろの座り机の上に置いた本の著者をみた。「池内紀」となっている。

それからは目を皿にし随筆を読み込んだ。死に際が書いてある。
「救急車を呼びましょうか」という奥様の声を制して、「自らの足で寝室に向かい、床に就き、再び起きることがなかった」のだという。

壮絶な死にざまである。このように死にようが出来る人がいる。

やはり「すごいトシヨリ」であった。
あやかりたい「BOOK」である。



2020年1月15日(水)
雪が降らない

今朝8時過ぎの写真である。

久し振りの雪景色。今冬では2度目である。
もしや、本格的に積もるのではと淡い期待をしたが、長くは続かずほとんどの雪が昼前には消えた。

ニュースでも雪が降らないことが話題になりだした。
北の寒気団が南下しないのが原因と言っているが、なぜ南下しないのかには触れていなかった。
除雪を生業の一つとする業者がそのニュースに出ていたが、大いに困っていると嘆いていた。
確かに雪が生活に直結する人は大変なことと思う。

我々の場合は生活に関係なく気分だけの問題で、その点は有難いと思わなければならない。

いま小寒の最中。20日は大寒。寒さのピークにいるのだが・・・。果たして今後は・・・。



2020年1月14日(火)
鰤の鍋

Mが仕事に行って、Kが夕食当番の日である。
冷凍庫を見ると鰤(ぶり)がある。これで鍋、と一瞬考えた。
鰤の鍋と言えば「鰤しゃぶ」が標準であろうが、冷凍のぶりで「しゃぶ」は如何なものかとも思う。

これまでに鍋はかなり作ってきた。
ただし、具材はほとんどが肉である。
過去に魚で鍋にしたのは石狩鍋のみ。 こちら→(2018/2/3)
以後石狩鍋は何度か作ったが、魚の鍋もいいものと思いつつ、それ以外の魚の鍋のレパートリーが広がっていない。
ここらで新たな魚鍋を増やすのもいいかと、探すことにした。

先の記事の時はクックパッドの有料会員であった。いまはそれを止めている。 こちら→(2019/7/2)
クックパッドではなく、Googleの一般検索で「ぶり 鍋」と検索した。
各種の候補が出る。

この中で今回は「ぶりのおろし鍋」を採用することにした。選んだ理由は二つある。
一つはぶりを油で両面焦がして使うらしい。ちょっと念が要っている。
もう一つが”おろし”。
少し以前、”みぞれ”をおろし器でなくフードプロセッサーで作ったら、シャキシャキで美味であったことを思い出し
 こちら→(2019/11/27)
ここでもその手を使ってみると面白かろう。
という算段であった。

大相撲が始まっている。大相撲を見ながら手順を進めた。

今回のレシピは こちら→ 
だしは昆布でとる。鰤はレシピ通り、片栗粉をつけて油で焼いた。レシピにいう大根も油揚げもない。手元にある野菜のみ。
おろしはフードプロセッサーで前もって作った。
後はレシピ手順に従う。

食した結果は、結構濃厚な味になって美味であった。

魚を油で焦がして鍋にする。一つ魚鍋のレシピが増えた。



2020年1月13日(月)
とんど焼き
我々が住み始めたころにはすでにこの形で催されていたから、随分長く踏襲されている。
櫓を組んで神事があって直会となる。
ただし、主催者が変わるという経緯はあった。
以前は子供会が主催していたが、子供の数が減って子供会の力ではできなくなり、今は自治会が主催している。


昨年は こちら→(2019/1/14)
餅焼きを頼まれ今年もそのつもりで出かけたが、別に焼く人がいてくれて、今回はゆっくり楽しむことにした。

直会のとき、長年豚汁と善哉が出ていたのに、いつのころからかそれが善哉のみになった。
善哉も悪くはないが、お神酒のつまみには向いていない。豚汁もあればよいのにと思っていて、何の席だったか覚えていないが、その希望を述べた記憶がある。

今回は善哉のほかに豚汁も用意された。
直会時、お神酒を手に豚汁を味わっていたらある女性が傍に来て、「上田さんに言われたので豚汁を加えましたよ」と話て行った。

そうか、この女性がいた席かと思い出したが、もともとこの女性もお酒が好きな方で、「お神酒には豚汁よね」と彼女が言った記憶もよみがえり、私のためというより女性自身の希望もあって豚汁が復活してのでは、と思ったりもした。

ともかく、豚汁が復活した。
薄味でなかなか美味。餅入りの豚汁を2杯頂いた。善哉は遠慮した。

11時過ぎの帰宅。

年末の集会所の大掃除から始まって、元旦の互例会、6日の初常会、そして今日のとんど焼き、年代わりに伴う一連の地域行事がこれで終わることになる。



2020年1月12日(日)
洗濯物入れ

冬場の洗濯物の干し方について以前触れた。 こちら→(2019/2/19

ここにも書いているが、Kは洗濯はかなり行い取り込みもするが、取り込んだものをたたむ(畳む)というのは苦手である。
そこでどうするか。取り込んだものをひとまとめにして隣室のジュータンの上に放置する。  

これをMが嫌い、自衛手段に出た。
洗濯物を一時保管する収容箱を作るという。
このような場合、Mの特性の凝り性がでる。段ボール箱を流用というようなことはまずしない。
今回Mが打った手は、Kの実家から持ち帰ったもので、裏納屋に保管(放置)されていた行李の古物を再生するという。
行李には古い紙が柿渋で貼られているが、すでにボロボロに破れていた。この上に新たな和紙を貼って再生するのだという。さらに、製作法でも凝り性が出る。糊などは使わない。自作の柿渋を持っていて、これを使って貼っていた。
和紙も凝る。こういう日があろうと、事あるごとに和紙を貯めていて、その集積物の中から探し出していた。

半日以上かけての作品である。

私は「捨てられない症」とMはぼやくが、こういう時はその病も捨てたものではない。



2020年1月11日(土) ラベル111
霜と菜の花
昨日と同じように「例年になく」の類の話である。

Mに「菜の花が咲いている」と教えられていて、たまたま今朝見る気が起きて行ってみたら、まだ朝日がさす前で、霜の中で咲いていた。


通常なら厳冬の今頃、当地での霜は珍しくないが菜の花は見たことが無い。
一方、南房総などの暖地では、今ころ菜の花が咲き始めるのではなかろうか。しかし、霜は降らないであろう。

したがって通常なら、霜と菜の花の光景などはあり得ないところであるが、それが見られた。

「例年と異なって」の景色。
珍重、と喜んではいられない光景でる。



2020年1月10日(金)
冬の嵐

2、3日前、日本海側を発達した低気圧が通って強い風が吹き荒れた日があった。
冬の嵐である。例年も無いことは無いのだが、この場合雪が表面を覆っていて、原野のものが飛ぶようなことは少ない。
ところが、今回は覆いが無い。思いがけないものが飛んでいた。

事態に気がついたのは今日のこと。このところ雨が降ったり用事があったりでウォーキングをさぼっていたのだが、久し振りの陽光に誘われてウォーキングに出かけ、その帰りに遭遇した。
備蓄のトタン板が広い範囲で飛んでいた。

回収作業は午後に行った。日は陰ったが気温は高め、仕事の最初はウィンドブレーカーを着ていたが、作業をするにつれ、それを脱ぎ、、次にはセーターまで脱いで作業した。

運搬車を引き出して回収品をそれに積み、元の位置に戻す。
仕掛かり前に予想した時間を超えて、2時間近くを要した。

ここのところ「例年と異なって」という趣旨の枕詞がかかる事態が多く発生する。
芳しいことではない、と思われる。

お詫び;昨日の記事で写真などの年代が間違っていたものがありました(複数個所)。訂正しています。



2020年1月9日(木)
正月気分

今年は孫らが年末に帰省した関係で、本来の正月は盛り上がりに欠けるものとなったが、ここにきて一気に正月の気分を味わうことになった。
車で10分の所に住むMの母の家で、夫君を10余年前に亡くしたMの妹と我ら、合計4人で新年会を行うという趣向である。

11時頃実家に着く。

宴の前に一仕事。
例年なら12月に取り付ける「雪除け」であるが、雪の気配が薄くのびのびになっていたものを30分余りかけて設置した。

12時前から宴が始まる。
義母や義妹の手作り料理にMも一品持参。大層な馳走である。
しこたま食べて飲んで、昼寝をして、目が覚めたら、経緯は判らぬが、写真の山を前にした3人の女子会が始まっていた。

その中から珍しいものを少し。

義父は養蜂を営んでいた。春先は鹿児島まで採蜜に出かけたという。その時と思われる写真。昭和40年頃であろう。
その義父と義母が我が家の長男を抱く写真。息子の生年からして昭和50年のものと思われる。義父は76歳で他界した。Kは今年、その歳になる。
義母は昭和21年に19歳で嫁いできたという。恋愛結婚らしい。Mの出産はその翌年。
嫁いで後、集落で宮島に出かけた写真があった。昭和32、3年のものであろう。
最後列、左から3人目(女性で初めての人)が義母。
驚くことに、ここに写る人の姓名をほとんど覚えていてMに教えていた。男性2人思い出せぬ人がいると悔し気であったが、夜になって一人思い出したと、Mに電話が来たらしい。思い出せぬもう一人は添乗員かもしれぬ。

その義母、今年93歳。今年の「歌会始」に投稿したという。

夕方6時頃帰宅した。ゆっくり正月気分を味わった。



2020年1月8日(水)
出番が来ない

薪ストーブの話である。
例年なら12月の内に歓迎されつつ出番となるのだが、今年はニュースが度々出るように暖冬気味、その影響で出番が来ないのである。

ストーブに火は入らず、薪も小屋に置いたままで運び入れてない。

薪ストーブを燃すにはある程度のエネルギーが必要で、そのエネルギーを呼び起こす起爆剤が寒さである。
この、起爆剤が今年はないのである。

これまではいつ出したのか。小欄を遡ってみた。目次で引くと12月の欄に載っている。
 こちら→(2018/12/18)
 こちら→(2017/12/22)
ところが、その前年分の記載がない。
記載を省略したのかと思いつつ、これまでの記事内容を読んでいたら、この冬は翌年(2017年)の1月に出していた。
 こちら→(2017/1/14)

本日の小欄、例年は「必ず12月の内に薪ストーブは出していた」という前提で書き始めたのであるが、書き進めるうちにその前提が崩れてきた訳である。
人間の(Kのというべきか)記憶など当てにはならない。

今冬は最早出番はないかと思っていたが、まだまだその機会はあるのかもしれない。
嬉しいような、寂しいような、妙な気分である。



2020年1月7日(火)
思わぬ保険が下りてきた

例年なら雪掻きの時期に茸狩りである。
Mが採ってきた。もちろん我が家の榾木からである。

何かの拍子に見つけたらしい。まさかこの時期に椎茸とは。
先日孫が帰省した時、「知っていれば採らせたのに」と悔しがっていた。

色・形ともなかなか立派な椎茸である。

ふと、椎茸栽培に触れたエッセーのことを思い出した。たしか、「自休自足」であったと思い、雑誌棚から持ち出し探すと果たして載っていた。第10号。

木を倒し、椎茸の菌を植えることは保険に似ているという。
それも効率の良い投資で破綻することもない、と説く。

確かにそうで、2〜3年もすると、素人が植えてもそれなりに生えてくる。
それが今回のように、思わぬ時期に採れるとなると、なおさらお得感が増してくる。

年初初めのお得感。
「こいつは春から縁起がいいわえ」というところである。

余談;小欄の公開を始めたのは2016年4月1日であるが、その冒頭を飾った記事の内容が「雑誌『自休自足』」であった。若干の感慨が涌く次第である。 こちら→(2016/4/1)


2020年1月6日(月)
本日休刊
2020年1月5日(日)
初常会

毎年、年初めの日曜日に開催されるのが定例になっている。
年に3回行われる常会の一つで、集落の最高決議機関である。
この初常会では、来年度の役員を選任するのが決まり。今年もその例に習って実行された。
初常会のもう一つの決まりが、湯豆腐を主菜にした宴が開かれること。
今年も、例年に習って行われた。

ただし、年々に参加者が減ってゆく。今年は15名。

Kより高齢の女性がお一人おられたが、男性ではKが最高齢であった。

Kが初めて参加した19年前は、年齢では中位。参加者は40名前後のはずである。
また、平成27年の様子もある。 こちら→

時の流れとはいえ、随分と変貌したものではある。





2020年1月4日(土)  ラベル104
プログラム完成

先月22日の続きである。 こちら→(2019/12/22)
大山は越したと記しているが、ようやく完成したというところである。

先月、一応完成したと思って、仕事納めの日の前日に社協にもっていったのであるが、うまく出来ていると喜ばれつつも、ここまで行くのならも少しと仕様が追加されて、今日に至ったという次第である。

Kの作るプログラムの最初のページは大方このような形になる。
プロの人ならACCESSか何かで作成するのであろうが、Kの場合はExcelしかできない。
そのExcelも独学である。
シートで出来る作業はできる限りシート上で行い、できない箇所のみVBA(マクロ)を使う。

今回は基本作業は関数などを用いて全てシート上で完了させた。VBAを使用したのはそれぞれのシートを呼び出す個所のみである。

今回使用した関数の主なものは加減乗除は別として、IFとVLOOKUP、それに前回触れたEDATE。

依頼方の要望事項は全て盛り込んだ積もり。
まあ、そこそこの出来栄えと自画自賛している。
ただ、思ったより時間を要した。加齢の性であろう。これは致し方ない。



2020年1月3日(金)
暮らしの手帖 第1号

第1号と言っても、骨董本ではない。
言うまでもなく、暮らしの手帖は100号をもって1世紀としていて、その第5世紀の第1号である。

この号が発売されることは、昨年の随分以前に新聞広告で承知した。
広告には、この号は「食」が特集になっていて、記事の筆者の中にKがファンになっている”藤井恵”や”大原千鶴”の名前が載っている。

これなら是非にも買い求めたいと思うのだが、昨今のKの習わしは大方すぐには買い求めない。
内容を確認してからで良い、と考えることにしている。
ニュース性を追わないこの種の本は、時期が遅れたからと言って価値が下がるものではない。それなら少々時間をずらして、安価に買い求めることにしよう、としている訳である。

内容の確認は、図書館にあるものはそこで行う。
町の図書館には暮らしの手帖が置いてある。ただし、雑誌類は最新号の貸し出しは行われず次号が発売されて以降になる。
暮しの手帖は2ヶ月に1回の発売であるから、借り出すのに2ヶ月以上は待たねばならない。
Kが図書館に行くのは2週間に1回で、その時にあればよいが、無ければまた時間を置くことになる。

と、そんなこんなで、当該の第1号を図書館で借りてきたのが、12月始めの頃と思う。
そして内容を見て、買うとなって、買うのは例によってアマゾン。
定価1050円の第1号を送料込み629円で買い求めた。

時折り開いて眺めている。なかなか良い。



2020年1月2日(木)
2本立て

かつて少年の頃、町に映画がやってきて「総天然色」「2本立て」のキャッチコピーの下で上映が行われていた。当時は1日に複数の映画を見るのが常套であったが、昨今は映画を観るとすれば、日に1本が常識的であろう。
それが、あわや3本立てになろうとする事態が起きた。

発端は昨日、Mである。
「明日は映画を観に行こう」と言い出した。
Kにその発想はいささかも無く、恒例の「箱根駅伝」を見るのだろう、とぼんやり思っていたものである。

Mは息子に聞いたらしい。
先日息子が帰省した折り「山梨学院が出場しない箱根など見る気もしない」と言っていたという。
これを受けて、映画という着想に至ったらしい。

調べもしていた。3本見られるという。
広島の「福屋」に併設される映画館「八丁座」で
最初が「男はつらいよ 50 お帰り寅さん」
次が「この世界の さらにいくつもの 片隅に」
3番目が「高津川」、これは島根出身の錦織良成氏の監督作品。
の3本である。

山梨学院の不出場は承知していなかった。調べたら確かに出ない。それなら行くかとMに同意した。
しかしながら、3本観る根気はKには最早なく、中を割愛して上下の2本を観ることで了解となった次第である。

さて今朝、9時前に家を出て、途中の町でバスに乗り換え広島に。昼食をとって12時過ぎから「寅さん」。

山田洋二監督はさすがに凄い。
笑いと涙と感動とが波状的に何度もやってくる。息をつかせぬ2時間であった。
終わったら、多くの人がそしてKも拍手を送った。映画で拍手の場面を初めて経験したとMはいう。
それほどの出来栄えであった。

終わってロビーに出たら、資料があって、その中に山田監督のコメントもあった。

「生まれてきてよかったと思うことがそのうちあるさ」・・・。

2時間の間をおいて、「高津川」をみた。
「寅さん」の後だけに、少し感動が薄かった。

帰宅したのは夜の9時頃。
少し異色の正月2日であったが、これもまたよし、であった。



2020年1月1日(水)
初詣で
昨夜は「紅白」を観て、そして「生さだ」を少し見て、寝たのが1時頃。
起きたのは6時を過ぎていた。

余談になるが、昨夜の「紅白」はいつになく面白かった。これまでは、途中で眠くなり、見ている部分より寝ている部分が多いということになるのだが、今回は最後まで熱中して観ることになった。

そんな次第で、今朝は8時頃から、ささやかな新年の祝い膳。

10時からは地区行事の「新年互例会」に参加した。
大方例年通りに進行するのだが、式次第の中で、「令和2年」とする場面で「平成2年」とつい発せられる部分が2回出て、笑いとなる個所もあったりなど。31年間言い慣れてきた”平成”であるから、こういうことがあっても致し方はない。

さて午後は、これまた恒例の初詣になる。
2時頃からウォーキングを兼ねて行くことにした。昨年は3日に雪の中を詣でたが、今年は雪もなく穏やか。
途中、いつも出逢う一家とも会う。年により我が方が先であったり後であったりするのだが、今年は後になった。先方は既に帰りの途中であった。

階段の数は444段。少々きついが今年も何とか登れそう。
途中追い抜かれた親父と若者3人組に頼んで写真を撮ってもらったりなど。

頂上の祠で、お神酒を頂いたり持参したコーヒーを飲んだり。いつものパターンではある。


こんな次第で、例年と大きな変わりのない元旦を終えた次第である。

さりながら、べつの見方をして
平凡だが、同じことが繰り返しできることの幸せ
という考えもある。

とにかく、新年を無事に迎えることができた。有難いと思うことにしよう。



Kの散歩帖