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Kの散歩帖
2021年3月31日(水) ラベル331
徒然草
久し振りに今朝の読売「四季」である。
この「四季」、数年前俳句に挑戦していたころはよく小欄に登場していたが、俳句に挫折して以降は(毎日読んではいるのだが)、登場する機会はひどく減っている。


今日は、徒然草を引用していた。
”徒然草を時々読むのは良い習慣である”とある。
教えに習って、書棚から出して〈74段〉を読んでみた。


避けがたい「老いと死」を忘れて、あくせくしてはいけないと諭す。
Kの場合、「老いと死」はすぐそこまで来ている感がして、忘れることは少ないものの、生き様において諭しの意味を思い起こすことは意味深い。

これまでに「徒然草を」を全巻通読したことがない。
めくってみれば全部で243段ある。
1日1段読んでも1年はかからないで読み終える。

そんな試みをしてみようかなと、思い始めている。

余談;本の奥付けを見ると1993年とある。およそ30年前。
気持ちだけは昔からあった。ただ、実行が伴わない。



2021年3月30日(火)
再生 その後6
2015年に枝を切った欅の再生ぶりを逐次追いかけている。
その第1回が こちら→(2016/5/19)
そして、再直近が こちら→(2020/11/1)
今年も思いついたときに記録をとりたいと思っている。


今年は6年目に当たる。
芽の出る前の枝ぶりである。

当初から比べると大分大きくなり、ほぼ倍近くになってきた。
写真を撮るのも、少し後方に下がって撮らないと仰ぎ見るほどになっている。




2021年3月29日(月)
対イノシシ用防壁
今年の屋外作業 第1号で取り組んだ防壁であるが、 こちら→(2021/3/1)
その後何日か、折りを見つけて作業を続け9割近くまではし終えていた。
しかしながら、他に急ぐ作業が発生したりなどで、一時中断していた。

今日、手すきが出来たので、残りの防壁作業をすることにした。

天気は晴れているが、ニュースなどで報じている黄砂がかなりひどい。近年では最も濃度が濃いように思われる。
これに加えて、ただ今頃、ヒノキの花粉がひどく飛び交っている。
黄砂と花粉で鼻や目がむずむずする中、我慢をしつつの作業になった。


これで一旦は終了である。
終えて結果を眺めると、なかなか壮観である。



2021年3月28日(日)
君原健二選手
今日の読売。
往年の著名なマラソンランナーである君原氏が、自らの出身地でなく朋友の円谷幸吉の出身地・福島で、聖火ランナーとして走ったという記事である。


記事を読んで昔のことを思い出した。
Kは生身の君原選手を見ている。そのことを思い出した。

時は昭和39年(1964年)の春、場所は九州工業大学のグランドである。
その年に、Kは九州工業大学に入学し、東京オリンピックが開催されている。
君原選手は、東京オリンピックに出場が決まっていてすでに有名人であって、田舎出のKでも承知していた。

その君原選手は、当時、八幡製鉄(現、日本製鉄)に所属していて、工場は九州工業大学と同じ戸畑にある。
そして、君原選手は社宅に住んでいて、その社宅は、九州工業大学から歩いて数分のところに位置していた。
そんな関係で、君原選手は、九州工業大学のグランドで練習をすることがあったようである。

Kは入学してすぐの時で寮に居た。寮もグランドも同じ敷地の中にある。
君原選手がグランドで練習していると聞いて見に行った、という次第であった。

一人で行ったのか、複数で行ったのかは記憶がない。
小柄な君原選手が、グランドを時計回りで走って来て目の前を通り過ぎていった。その様子が今でも脳裏に浮かぶ。
そんな情景を思い出した、という訳である。

最早半世紀前の遠い記憶である。

余談なるも、大学構内は随分変わったと聞くが、グランドは今でも残っているらしい。
Googleのストリートビューで探してみたら、チャンと残っていた。


記憶と比べると少し明るい気もするが、確かに君原選手が走っていたと同じグランドに間違いない。
ほぼ、この方角で見た記憶がある。

さらに余談、新聞に写る君原氏はKより3歳年上の80歳とあるが、颯爽としている。お腹も出ていない。
流石である。

ついでに余談、なんとなく君原選手が走っている姿を写したモノクロの写真を持っていたような気がして、未整理の写真箱の中を丁寧に見直したが、見つからなかった。この記憶は幻影であったのだろう。



2021年3月27日(土)
ひな街道とお花見
毎週水曜日に行われる運動教室のメンバーでの行事である。
一つは、当地から10Km位離れた距離にある街で、家々の門先にお雛さんを飾るという趣向である。
昨今、この手の試みは各地で行われているが、この街ではかなり以前から行われていて、はしりと言ってもいいかもしれない。
10年位前に一度観たことがあるが、更に盛り上がっているようにも思われた。


その後は場所を変えて、江川沿いの町の花見に出かけた。
八色石の染井吉野は咲き始めたばかりであるが、この地は今が満開。
途中のスーパーで各自好みの昼食材を買い求め、目的地での花見になった。

コロナ禍、政府は花見での飲食を控えるようにと要請しているが、大きめのシートを持参して密を避けつつ昼食をとった。

出かける前は若干ながら億劫さを感じたのだが、出かけた後は、天気も良し、快適な行楽になった。



2021年3月26日(金) ラベル326
刈り残しの草刈り
昨秋秋じまいは完璧に行ったつもりであったのに、何故か、リンドウ特区が刈り残されていた。
刈り残しに気がついたのは今年になってから、それも、雪が融けた後である。

秋じまいは完全にし終えた気分であって、何故こんな勘違いが起きたのかは未だに分からない。ボケが始まったという証左かもしれない。

兎も角、今日は天気も良し。
草刈り作業を行うこととした。


草は枯れ、しかも雪の重みで倒れている。
更に、草刈りシーズン到来前で、刈刃の準備が万全でなく、切れ味がすこぶる悪い。
これらの悪条件が重なって、普段なら30分程度で刈り終える広さなのに小1時間を要してしまった。

数日置いて、集めて焼くことになる。


余談;高校時代の友人一家の来訪があった。
もらっていた日よりは1日早く現れたので、喜びながらも慌てて対応した。そんなこともあって写真を撮るのを忘れてしまった。
記事の優先度としてはこちらが大きいのだが、写真がないので致し方なく、草刈りの話題を掲載した。



2021年3月25日(木)
カタクリ
Mが我が子のように育んでいるカタクリである。
昨年、花の数が24輪まで増えたと喜んでいたのに こちら→(2020/3/31)
その後イノシシに荒されて こちら→(2020/8/15)
今年は果たして咲くのか危ぶまれてもいた。

Mは3月の中頃からは、草を抜いたりの作業をしつつ、ほぼ日参して花を数え、結論としてその数は17輪という。


荒されて全滅も予測された中では、まあまあ、良く残ったという数かもしれない。

このメインの場所から4、5メートル離れた個所で、小さく石垣に囲まれた場所があるのだが、ここでも毎年カタクリが1輪咲く。
植えたものではなく、実が飛ぶか何かして根付いたと思われるのだが、今年もけなげに1輪咲いている。

先の17輪の中に、この1輪も含まれているのかは聞き忘れた。




2021年3月24日(水)
高瀬庄左衛門御留書
1月であったと思うのだが、読売の書評に載った小説の題名である。著者は砂原浩太朗という。
書評は切り取っていたはずで、今回パソコン内をあちこち探したのだが、どこにも見つからなかった。間違ってどこかで削除したと思われる。
書評を見て読みたくなり、かと言って買うまでもないと思われて、図書館に借り受けを申し込んでおいた。

前回、図書館を訪れたとき、係の人が「きましたよ」と言って出してくれた。見ると新しそう。「買ってもらったのですか?」と問うと、「評判がよさそうな本なので買いました」と答えが返ってきた。

という曰く付きの本である。

前置きが長くなっが、2週間かけて読み終えた。
「神山藩」に住まう初老の武士の生き方を描く小説。
登場人物が錯綜し、加齢の性でこれら人物が覚えられず途中読むのに難渋した。挙句、登場人物の相関図らしきものをメモしながら、何とか読み進めたという経緯である。


苦労して読んだ割には読了後の感銘感は少なかった。主人公の名を高瀬庄左衛門というのだが、この武士の生き方が今一つ見えてこなかった気がする。

同じような立場の小説で、藤沢周平の「三屋清左衛門残実録」というのがある。
50歳前後の頃読んだ。
この時は、主人公の”凛とした生きざま”に感銘を受け、年を重ねた暁には「このように生きたいものだ」と思ったものである。

今回はそれが薄かった。

ただしこの事は、書き手の問題でなく、読み手の当方の感受性が衰えたということかもしれない、と思ってもいる。

余談;「三屋清左衛門残実録」はその後NHKと民放でドラマ化されている。NHKは仲代達矢が、民放は北大路欣也が清左衛門に扮しているが、NHKの方が圧倒的に面白い。



2021年3月23日(火) ラベル323
桜起し
1月に降った雪の重みで傾いた桜がある。 こちら→(2021/1/25)
花が咲くまでには起そうと、呑気に構えていたのだが、桜の時期がもはや間近である。
2、3日天気が悪かったり寒かったりで伸ばしていたが、今日は晴れ。着手のこととした。

ミニレンチで引っ張れば雑作はないと踏んでいて、その手順で進む。
根元の土を掻いて除け、レンチで引っ張る。予想通りに進み、ここまでは30分。
そのまま引っ張り続けたら、起す向きが少し違ってきた。別方向から引っ張る必要がある。
予備のレンチをとりに帰ろうかと思案はしたが面倒という気が起き、支柱をすれば倒れまい、と踏んだ。
支柱1本施してミニレンチを外したら、予想外というか案の定というか支柱共々倒れてしまった。

致し方なく予備のレンチをとりに戻り、最初からやり直しである。


今度は慎重にことを進めた。
最初の方向に引っ張り、次いで予備のレンチで引っ張りながら傾きを修正する。
ピッタリの位置に持ってきて、先に支柱で固定をする。
思いのほかに根が少なく、グラグラ動くので支柱は3本とした。
こうして固定したのちに2本のレンチを外すという手順となった。

当初1時間はかかるまいと考えて始めたのだが、やり直しと慎重作業が重なって3時間を要した。
最終部は昼食をとって後に終えるという、思わぬ運びとなってしまった。

作業中気がついたように、思いのほか根が少ない。
最早寿命が近いのかもしれない、と思った次第である。



2021年3月22日(月)
シロイヌナズナ
昨年もほぼ同じ時期に、同じ話を持ち出している。 こちら→(2020/3/26)
ウォーキングコース沿いの田圃であるが、今年も同じ光景をみることができた。。


遠方からは、まるで雪か霜が降ったかのように真っ白である。
これほど出揃うのは、この田圃のみに見られる光景になる。

1年草だというから、毎年異なる種から芽を出すのであるが、よほどこの種に取ってこの田圃は条件が良いのであろう。
全部が全部、昨年出来た種が発芽したものではなく、数年前に出来た種が発芽したのもあろう。
兎に角、隣の芽と一定に離れた距離の種が芽を出して均一に出揃うという芸当を見せてくれる。

昨年以前の記憶がないので、この光景が今後も続くのか予測はできないが、Kに取ればちょっと不思議な光景に見えるわけで、来年以降も見られるのか、成り行きに注目したいと思っている。



2021年3月21日(日)
出前映画上映会
数日前、NHKの地方版で宣伝していたのをMが目敏く見つけ、申し込みをした出前映画の上映会である。
合併して浜田市になったが、その前は隣町にあたる旭町の公民館で開催された。
映画のタイトルは「花のあとさき〜ムツばあさんの歩いた道〜」という。

埼玉県の秩父山中で長年畑を耕していた老夫婦が、畑の維持が難しいと考えた折り、そのまま荒すのは可哀そうとして、10年以上に渡って畑に花木の苗を植えたという話である。
おばあさんの名が”むつさん”。近眼で眼鏡をかけた可愛いおばあさんで、我が家では随分前から知己の人である。
NHKのドキュメンタリー番組で承知した。10年以上は前のことである。

NHKのドキュメンタリー番組が映画になるとは、にわかには信じ難いことであったが、確認したら間違いなさそうなので、予約をしておいて行って観た。


観客は50人くらいか。大方地元の人と思われる。
映画には、我々がよく知る”むつさん”が現れ、懐かしい思いで再会を楽しんだ。

帰宅後、NHKの番組がDVDで残っているはずと、探してみたら出てきた。
2本ある。
録画日は2007年となっていた。
DVDを再生したら、ここにも同じ”むつさん”がいて、にこやかに微笑んでいた。

当時、DVDは何度も見た記憶がある。
”ムツばあさん”の生きざまは、真似はできないが、「里庭」作りの教科書の一つでもある。



2021年3月20日(土) ラベル320
老人アドベンチャー
隣町にかつて郡都と呼ばれた川本という町があって、八色石からこの町へ行くには山沿いのくねくねした県道を下ることになる。
ところが、昭和30年代までは別のルートがあって、バスも通っていたという道があるらしい。
この古い道を歩いてみようという試みがなされた。
企画したのは、八色石の「はなの会」という女性連。
メンバーでなくとも参加してよいと呼びかけがあったのでKも参加した。Mはメンバーゆえ当然のこととして参加した。

雨が降ると予報されていて、空を見上げながらの集合となる。
参加者は60歳代から70歳代で女性5人に、男性は案内人一人を含む都合3人、合計8名であった(Kが最高齢者)。

午前10時に出発する。


出発後20分位は上りとなるがあとは下る一方。道は舗装された形跡はない。
案外に広いなと思う個所もあるが、崖が崩れて一人が通るにやっと、という場所もある。
総じて、予想したよりは良い道であった。

計画では1時間程度で到着となっていたが、町が見え始めたのは予想をはるかに超えて1時間45分を越している。
休憩場所とした無人のお寺に着いたのは出発後丁度2時間後の12時であった。
ここで30分弱の休憩と昼食をとる。

元々は来た道を帰る計画であったが、荒れた上りの山道を戻る気が起きず、整備された県道を戻ることにした。
車なら10分余りで帰るのだが、歩けばかなり長い。
町境のトンネルに着くまでには2時間を要した。
もっとも、この間に30分ほど、銅鉱山跡を探すというハプニングもあったが、これを説明するには紙面が足りない。

出発地転に戻ったのは丁度15時であった。

この間の歩行経緯をGPSで記録した。
以前、ウォーキングコースで試みたものである。 こちら→(2020/9/16)
この時以来使っていなかったので、うまくゆくかと心配したが、そこそこ何とか取れていた。


下った行きに比べると戻りの県道はかなり折れ曲がっている(経路の色が異なるのは歩行速度によるものらしい)。
出発地の標高は325m。昼食をとった川本の地点は206m。帰路の最高点の標高は498mになっている。
全歩行距離は13.01Kmとなっていた。

心配した雨は途中ほとんど降らず、帰宅後家に入ったらすぐに降りだした。

計画、参加者、天候と全てが塩梅よく愉快な一日で、「老人アドベンチャー」としては申し分のないものであった。



2021年3月19日(金)
梅が満開 再び
ウォーキング時に通るところで、川辺に梅の木が固まって植えてある場所がある。
Kは勝手に”八色石の梅園”と名付けて、花の時期には愛でながら歩く。
したがって、梅園群の花がKにとっては八色石の標準になる。

梅が咲き始めて以来、今年はこの梅園の花の数が少ないように感じていて、したがって先日
こちら→(2021/3/15)
「今年は地域の花も少ない」と評価した次第であった。

ところがである。
今日見る梅園の花は普段の年と全く同じで、遜色ないように思われた。
見事に咲き誇っている。

これまで、満開の時期を見誤っていたようで、もはや満開、と思ったがどうも満開の手前であったらしい。


帰宅後そんな目で我が家の2本の梅を見直すと、こちらも例年と変わりないようにも思われた。

ということは、桜はいつもに比べ開花が早いが、梅は遅いということかもしれない。

大した話題ではないが、他に良いネタもないので、こんな話でお茶を濁すことにする。



2021年3月18日(木)
カスミサンショウウオ調査隊
午後の4時頃、チャイムが鳴って階下に降りると、3人の男性が見える。
「○○です」と告げられる。自然観察会で講師をされる こちら→(2020/9/10)
”生物のことならなんでもござれ”の先生である。
あとのお二人は始めての方。お一人は定年過ぎ、もう一方は30歳前後に見える。

「突然の訪問で申し訳ないが、カスミサンショウウオの生息地域調査をしている。里庭には湿地が多いと聞いている。調べさせてもらえないか」という意向であった。
”定年過ぎ”が主担当で”なんでもござれ先生”は案内役に見えた。

”なんでも先生”は以前1、2度里庭に来ていただいていて、KよりMの方が付き合いは深い。Mは仕事で不在で、致し方なくKが一人で対応した。

案内した場所は、再生雑地、南西湿地、奥の田、そして亀之助堤である。
場所の絵地図は こちら→


小1時間探しておられたが結局見つからなかった。

里庭に来る前に何か所か探してこられた様子で、どこでも見つけることができなかったらしい。
「1匹も見つからないと、疲労感が甚だしい」と主担当先生がぼやいておられた。



2021年3月17日(水)
息子の映像 続き

3月2日の後日譚になる。 こちら→(2021/3/2)

2、3日前のこと、息子一家とテレビ電話をした。
孫の顔を見るのが主目的であるが、その折息子が、「この前放送された”岩手の子守唄”のことが、首都圏ナビのWEBリポートに載っている」と知らせてくれた。
「見ておく」と返事をしていたのだが、孫の顔を見たら全て終わった感がして、息子の伝言はすっかり失念していた。

今日、何のついでか思い出せないのだが伝言のことを急に思い出して、WEBリポートを見てみることにした。

開いてみると、2番目の記事として載っていた。
開いた内容は次である。 こちら→

3月2日には一部しか紹介されなかった子守唄が全曲が歌われ、受け継いだ東京の若者が3月11日に実行した「追悼コンサート」の様子も録画されていて、放送とはまた異なる視点での報告になっていた。
息子の思いも、彼なりに表現されてる。

興味をお持ちいただければ、読んでやっていただきたい。
親ばかの一端を発露した次第である。



2021年3月16日(火) ラベル316
ちょっと騙された
毎月15日か16日は買い物の日と決めて近郊のドラッグストアに買い物に行く。
以前15日にと記載したが こちら→(2019/7/15)
何時のころからか、16日もポイント5倍デーになり、昨今は15か16日と変更している。
さらに、楽天のEdyを決済手段として使用するようになって、こちら→(2019/9/10)
たまたまこの店は、楽天ポイントも上乗せして付けてくれるので効果が追加され、15か16日の買い物の意義は深まっている。
ボケ防止の外出と考えれば、更に意味深くなってもくる。

買い物の目的はアルコール類とつまみのまとめ買いである。
アルコールとしては、缶ビールとウイスキー。缶ビールは第3。
ウィスキーはニッカの「ブラック」、4L入りと決めている。 こちら→(2019/2/16)

前置きが長くなった。

店に入って、アルコール売り場に直行する。
この店には「ブラックの4L入り」が置いてないので、目的は「第3」のみである。
ところが、これまでに無いはずの、「ブラック4L入り」が目に入った。
しかも、値札を見ると破格の3千円をきっている。思わず立ち止まった。
よく、品と値札の並びに違いがあるので、それではないかと、値札の奥の品を確認すると「4L入り」のボトルが2列後方に並んでいる。間違いないようである。
さらに、値札の下に赤色のラベルが張ってあって、期間限定で「4Lボトル」のポイントを増強するともある。
この破格値段は、これまで「4L」ボトルは置いていなかったので、発売記念の大安売りと確信した。
アマゾンで普段3900円前後のものが、1000円以上安い。
疑いもなく買い物台車に積み込んだ次第である。
「こんなに安く買えた」という意味で写真も1枚撮っておいた。
そして、通常の缶ビールやつまみを購入して帰宅した。

帰宅して、普段は見もしないレシートであるが、再確認しようと開いてみた。
ところが、どこにも記載がない。
あるのは「ブラックニッカ4000ML ¥4048」の記載である。
「なんで?!」でと思う。
写真を撮ったことを思い出した。再確認である。


仔細に見ると値札には「2700ml」の表示があった。
「4000ml」ではなく「2700ml」の値段である。
店員さんの誰かが貼り間違えたのだろが、これなら大概の人が騙されるのではと思った次第であった。

ポイント5倍と140ポイント増強などを加味するとアマゾンと大差ない結果である。
実質的に損はないので良いけれど、今後は「酒代が安くなる」と大喜びした身にとっては「ちょっと騙された」という気がしないでもない。



2021年3月15日(月) ラベル315
梅が満開
世間では桜が咲き始めたと言っている(松江でも今日開花宣言あり)のに、我が家はようやく梅である。

多くはない。
主とするものは2本の紅白。そのうち紅は枝垂れである。

何時が満開かは悩むところであるが、大方今日頃がそれと思われる。


昨年は何時であったろう?
小欄に載せた記憶があるので探してみたら、3月14日になっていた。 こちら→(2020/3/14)
1日違いというより、ほぼ同じというべきであろう。

ことしは、花の数が少ないように感じていたのだが、今改めて昨年の写真と見比べると、明らかに少ないように思われる。
施肥などの管理を一切していないからかもしれない。
今年は、花の時期が終われば肥料でも入れてみるかと、思い始めている。

追記;ウォーキング時に見かける他家の梅も今年は花数が少ないように思われる。地域の特性があるのかもしれない。
花数が少ないとした我が家の梅も、ひょっとしたらそのような影響を受けている可能性もある。



2021年3月14日(日)
深夜便のうた 再び×2
昨日の続きである。
2月、3月はオール巨人の「夢浪漫」。
これはまだ放送している。
今なら録音をかければ、曲が取れる、ということでFMを直接収録した。


(クリックして別画面を表示すると
「夢浪漫」の曲が流れます)

ちょっとしみじみ聴かせる、これもなかなか良い。
もっとも、当方の「夢浪漫」は大概終わったという時期ではあるが・・・。



2021年3月13日(土)
深夜便のうた 再び
昨年の秋口に、深夜便のうた全曲を集める作業をした。 こちら→(2020/10/30)
この時点では全曲集め終わったのであるが、「深夜便のうた」は2ヶ月に1回新しい曲が追加される。
したがって、その後に追加された曲を我が方でも追加するという作業が生じてくる。
いわば、この「深夜便のうた全曲集め」はエンドレスの作業になる訳である。

前回以降の追加された曲を調べてみた。


昨年の時点で、「ありがとうって気づいていてね」まで集め終わっていて、それ以降、2曲が追加されている。

深夜便のうたが放送される時間は、夜中の1時台最終部である。
9時に寝て3時に起きるKにとっては丁度”深夜”に当たって聴くことはほとんど無い。
ほんとにたまに、トイレで起きて、ついでに聴くくらいである。

追加された2曲のうち、「夢浪漫」は1、2度聞いた覚えがあるが、「産声」は聴いた記憶がない。
曲集めの作業をした。
探す先は、アマゾンミュージックは名曲・名盤作業が終了して退会したので、Spotifyとする。
検索単語は「城南海(きずきみなみ)」始めて聞く歌手名である。
すぐに出た。


(クリックして別画面を表示すると
「産声」の前半部分の曲が流れます)

「産声」は2番目に入っている。
作詞作曲は”エール”に出て人気が増幅した森山直太朗。
ゆっくりした曲調と澄み切った音声は、聴いていて心地よいものであった。

早速ダウンロードして取り込んだ。

余談;Youtubeでも聴くことができる。全曲聴いてみたいと思われる方はそちらを試す手もある。




2021年3月12日(金)
路傍の菜の花
今日は午前中から外出の用があって、しかも昼前からは雨になって、したがって昨日の出来事になる。
母屋前で町道沿いの電柵を修理した。
昨年の夏場、イノシシに荒されて対応した個所を こちら→(2020/8/16)
今年は、荒される前にということで早々と手を打った次第である。

その折り、丁度電柵を張る場所に、小松菜に似た菜の花がしきりと咲いていた。
電柵作業中は邪魔になって、踏ん付けたり取り払ったりしたのだが、張り終えて思い出したことがある。
野菜に詳しい近所のおばさんが、「これは食べれるからね」と言っていたのである。

丁度食べ頃に思われ、笊と鋏をとりに帰って摘むことにした。


わずかの時間で笊は一杯になる。
Kが夕食当番の日で、早速夕餉に供することにした。

メニューは菜の花のお浸しとかき揚げ丼である。参考にしたのは次のレシピ。


日付けが載っていて3月11日とある。昨日のように思えるが、実は昨年の昨日に保存をしたもの。
昼前に放送される、中国地方版の番組からとったものである。

「結構なお味」であった。
田舎住まいの醍醐味である。



2021年3月11日(木)
10年前の今日
新聞もテレビもそしてラジオも10年前の今日のことで持ちきりである。
それも当然で、正に未曽有の出来事が起きた。
Kも10年前の今日のことはかなり詳しく覚えている。
農機具の展示会が地元の店で行われ、その帰りに地震のことを知ったのであった。

Kは随分以前から簡単な備忘録を付けていて、10年前の今日のことを如何に記載しているのだろうと、ふと思った。
当時の備忘録は5年日誌である。日付けでの検索は容易にできる。
2011年の3月11日を取り出してみた。
以下の記載をしていた。


地震のことを簡単に記している。
展示会から帰宅したらMの知人が来宅されていて、その後は3人でテレビを見たのだが、知人の来宅には触れていなかった。

それでもこの時はまだ始まったばかり。
「大変な出来事」と承知するのは翌日になってからの様である。
さらに「福島原子力発電所大変」の記載は14日の記述になる。

怒涛の出来事の初日であった。

余談;3月12日付けで記載の「イルミネーションの片付け」は、何の出来事を言っているのか全く分からない。
自分ながら不可解である。



2021年3月10日(水)
雑木の枝焼き

周辺が明るくなる6時半ころから準備を始めて、雑木類の枝焼きをした。

この枝焼き、1年に1回か2回は行っている。
今回の枝焼きは前回から随分離れていて、1年はしていないはずである。
貯まった枝は、一見さほど多くには見えないが、雪の重みなどで嵩が少なく見えるだけで実質的な量は多い。
通常2時間程度で終わる作業は4時間を越えた。

朝飯前から作業を始めるので、途中朝食を火の傍まで持ってきて、焼きながら食べる。
これも恒例の行事になっている。

今回初めて行った作業に、腐葉土の採取がある。
長く積んでいたせいもあって、最下部はかなり腐っていて、ほとんど腐葉土化している。
このまま燃すのはもったいなく思え、腐葉土と化した部分は、別積みで腐葉土として集めることにした。

と、以上が現場での話しになる。
家に戻って、記事を小欄に載せる段になり、前回実施の日を探してみた。
1年は実施していない記憶があるので、昨年の春先頃かと昨年の小欄を調べたがどこにもない。

出てきたのは一昨年実施であった。 こちら→(2019/4/19)
小欄に載せずとも、作業だけは実施している可能性もあり、備忘録も調べてみた。備忘録は2018年からExcel化しているので容易に検索できる。
「枝焼き」で検索したら、先の2019年は出るが後にはない。
もしや「「枝焼き」の単語を使っていないかもしれない。それならと「枝」で検索をかけてみた。
引っかかる日はかなり出るが、この枝焼きの作業をしたとする日にちは見つからなかった。

どうやら、2019年以後はこの枝焼きをしていないのかもしれない。
冒頭の、1年に1、2度という説明は間違っていたようである。



2021年3月9日(火)
球根の花
庭先で球根の花が咲き始めた。
前庭と呼んでいる場所である。


全てMの手によるものである。

左の白い花は名を覚えていて「スノードロップ」というはずであるが、後の花は、何度か聞いているのだろうが覚えていない。
中の写真の左に白めの花が1輪咲いているが、これはこれで、謂れがあるはずで、「○○イチゲ」という花かもしれない。

数日前Mが、「キクザキイチゲが1輪咲いている」と話していた。ひょっとするとこの事かもしれない。
元々、キクザキイチゲは別の場所で10輪程度群れを成して咲いていたのだが、イノシシに荒されて咲かなくなったという出来事がる。
Mがキクザキイチゲの話しをしたときは、この謂れの場所に咲いたものと思って聞いたが、ひょっとするとこちらのことかと思い直した次第であった。

冒頭、「球根の花が」と断定したが、Kに確証があるわけではない。
Kはなんとなく春花が咲く順は、球根が1番で、その次が多年草、最後が1年草という気がしていて、最初に咲いた花なのでつい球根だろうと思って書いたという次第である。

少しづつ暖かな日も増えてきた。春の花が順次増えてゆくものと思われる。



2021年3月8日(月)
最悪のシナリオ 「続編

昨日の稿を記述するときに、今日「続編」を書くことは予測していなかったが、偶然が重なってそのような次第になってしまった。

今日の読売に、昨日も少し触れた細野氏が登場して「最悪のシナリオ」について語っている。

この記事は、細野氏自身が書いたものか、あるいは読売の記者が聞き取ったものを記事にしたのか、若干記事の経緯が不明であるが、ここでは「最悪のシナリオ」は整然と作成され整然と処理されたように記載されている。
ところが、昨日のNHK番組によると、事実はも少し混迷していたように感じられる。

当時の管(かん)首相と北澤防衛大臣にディレクターと思われる人が「最悪のシナリオ」のコピーを見せながら当時の模様を振り返ってもらう場面があった。その時の音声も添付する。


(写真をクリックして別画面を表示すると
菅氏と北澤氏の音声がながれます)

菅首相は誰がどういう形で見せてくれたか、定かな証言はない。少なくとも、自分の指示で作成したという思いは認められない。そして、公開を抑えた記憶もないと、答えられている。
一方北澤防衛大臣は、見た記憶はないと明確に答え、逆にこのようなシナリオの必要性を語っておられる。

このシナリオが書かれた時期は原発事故が起きた2週間後のことで、大混乱の時期に当たる。しかも10年前の出来事である。
当時のリーダー諸氏の記憶が不鮮明なのは致し方ないことではあるが、一旦落ち着いた今日、北澤氏が述べておらられるように、当時の菅内閣の対処の仕方を再度検証しておく必要はあろう。

「存亡の危機を前提にした最悪のシナリオ」は何も国家だけが必要なわけではない。規模を段々落として、家族レベル、個人レベルでも作ておく必要がある、と思ってはいる。



2021年3月7日(日)
「最悪のシナリオ」
東北震災から10年目に当たり様々な報道がなされている。その中の一つ。
昨日、NHK-Eテレで放送された番組で、「ETV特集-”最悪のシナリオ”〜誰が命を懸けるのか〜」というのがあった。
昨日、新聞のテレビ欄で見つけ青マークの印を付けて見るつもりでいたのだが見忘れて、今日”プラス”でみた。

原発事故が起きたとき当時の管(かん)内閣がどう動いたのか、特に一向に終息の兆しが見えない折り、「最悪のシナリオ」なるものができたのだが、それが共有されずいつの間にか消えていたという経緯を探る内容である。
当時の菅首相や北澤防衛大臣ほか多数の関係者がインタビューに答えている。

原発事故当時我々も毎日釘づけてテレビを見ていたのだが、そこには放送されない(放送できない)色々な出来事があった様が伺える。
特に、自衛隊のヘリコプターが海水を汲んで炉に水を懸ける場面があり、勿論我々も見た記憶があるが、この際もし水をかけて水素爆発が起きたならその後の展開は大きく変わっていたという。


今振り返ると、最悪の場合は関東から東北にかけ、福島第1から250Km圏内に住む人の避難も想定される場面があったらしい。

そしてこれらの事態を想定し、これに対応する”最悪のシナリオ”が出来ていた。作成したのは、当時の細野首相補佐官を発起人に数名の学者があたったという。

ただし、これは生かされなかった。北澤防衛大臣も見ていないと証言する。
万一が起きなかったからまだしも、万一が起きたら相当の混乱が起きていたであろう。

なぜ消えたのか、
原因追及に深くは言及しないが、番組の主題はそこにある。
そして、命が危険に晒される場面では、誰がどう対応するのかにも触れている。
日本人の性(さが)にも及ぶ深みのある内容であった。

NHKも折角このような良い番組を作っておいて、この番組の宣伝を全くしていない(と思われる)。
関連ドラマの宣伝も良いが、これらの番組の宣伝もすればよい、のに。

余談;番組では、ここに記載できなかった「へえっ」という挿話がいくつも出てくる。
”プラス”ならあと数日はみることができる。興味のある方はご覧あれ(NHK会費を払っていれば、スマホ、タブレット、パソコンで、誰でも只でみることができる)。



2021年3月6日(土)
カウンター
小欄を以前から御覧いただいている方は、あるいは、お気づきかもしれないが、当ホームページには何ヶ所かにカウンターと称するそのページの訪問者数を数える機能が貼り付けてあった。
カウンターを自作するという人もいるかもしれないが、提供会社から借りうけて使う人もいる。有償、無償など様々である。
Kの場合「忍者ツールズ」という提供会社のものを使用していた。無料であるので、開いてみると広告も一緒に現れた。

このカウンターが数日前から表示されなくなっていた。
kもおかしいなと気付いていて、ホームページの”原稿”を確認したのだが異状はない。提供会社のトラブルで表示されないことも考えられ、そのうち復旧するだろうと思っていた。
Mも気付いたらしい。一昨日だったか「カウンターが表示されないね」と言っていた。
その折は「そのうち治ると思うよ」と答えていたのだが、未だに治らない。

調べてみるかという気になって、提供会社のホームページを覗いて見た。
思わぬ、中止の知らせが載っていた。


中止したのは3月1日になっている。

ボケ防止で記述してはいるのだが、それでも、見ていただける方が多い方が有難い。
その数を知る貴重なデータになる。
今後の対応法を考えなければならない、と思い始めている。



2021年3月5日(金)
啓蟄
当地方の言い伝え(と思うのだが)に、春先、蛇より蝶々を先に見ればその年は運が良いとされる。
したがって、毎年先に蝶々に出会うことを望むのだが、今年はうまくゆかなかった。

今日、ウォーキングに出た折り、田圃の土手先で黒い蛇に出会ってしまった。


道の真ん中でうずくまった形に見える。
細い道なので脇を通ることができそうになく、困ったなと思案しているうちに蛇の方が先に動き始めてくれた。
すぐ脇に小さな穴があるのだろう。その中に入ってくれた。

黒色の蛇で、始めてみるような気がして、帰宅後に名前を調べてみたら、ひょっとしたら「ヤマカガシ」かもしれないと思い始めた。
関東のヤマカガシは茶色の縞模様があるが、関西のヤマカガシは模様が不鮮明で黒に近いものが多い、とされている。
そして、共通の特徴は顎(あご)が黄色いことという。
写真を拡大してみたら(写真、右)、どうも顎周りに黄色が見える。そんな次第で「ヤマカガシ」では、と思い始めたわけである。
もし、ヤマカガシなら始めて出逢ったことになると思う。


折しも今日は啓蟄。
これからは、色々な動物に出会うことになるが、蝶々より先に蛇に会い、しかも生涯初のヤマカガシとは。
今年は相当悪いことになるやもしれない。

またしても良寛。
「災難にあふ時節には、災難にあふが良くて候」
と、思うことにしよう。



2021年3月4日(木)
本日休刊
2021年3月3日(水)
「晩秋」
先月末の話しであるが、HNK-BSで夕方7時から5夜連続で「日替わりドラマ」なる番組が放送された。
山本周五郎の短編小説を30分のドラマに仕立てたものである。
その中で3番目に放送されたドラマが気になる題名であることもあって、5夜分を録画しておいて観た。
最後の2夜分は前編と後編とで一つの物語であったため、都合4つの物語が展開されたことになる。
いづれの話も、周五郎張りに「ほろっ」とさせるドラマとなっていた。

さてその3番目のドラマ。タイトルが「晩秋」となっていた。
山本周五郎の「晩秋」と言えば、以前かなり強烈な印象を与えられたことがあって、そのことを小欄に載せている。
  こちら→(2018/1/15)

  こちら→(2018/2/2)
両者とも、強い印象を受けて記述した記憶がある。

そして今回のドラマの「晩秋」。


それなりに良く作られてはいたが、30分という時間制約もあるのか、主人公「新藤主計の生き方」が描き切れていない気もした。
見る前の期待が大きすぎたのかもしれない。

と勝手なことを書いてはいるがそんな印象を受けた原因は、ドラマ自体が悪いのでなく、受けてのKの感受性が年月を経て衰えた性であるのかもしれない。

ともかく、5夜分をDVDに録画して保存した。


2021年3月2日(火) ラベル302
息子の映像
久し振りに息子が撮ったものと確認できる映像をみた。
前回観たのはほぼ1年前。 こちら→(2020/3/12)

ことの発端はMの母心からである。
最近連絡がないので、たまたまFacebookを開いてみたら、息子のコメントが載っていたという。
内容は、息子の企画した映像が今日の首都圏ニュースで放送されるというもの。


15年前の盛岡勤務時に岩手県大槌町の男性に出会う。その男性は故郷の子守歌を残そうと頑張っていた。
ところが10年前の震災で亡くなったという。
その男性の気持ちが今に引き継がれているのか、を探そうとしての経過をまとめた物語らしい。

Mはタブレット持参で2階に上がってきて「見れないかなー」という。Kは丁度パソコンを開いていて、「NHKプラス」でみることを思いついた。
夕方の6時過ぎの地域ニュースの時間である。
島根県なら本放送では「しまねっとニュース610」を放送している時であるが、この時間の「プラス」は首都圏のニュースを流すことを承知していた。

「プラス」は1週間分の映像全てが録画されている。
探し出すのに少々手間取ったが、ようやくにして探し出した。

6分余りの時間にまとめられた番組。
男性の名前は山崎さんと紹介されている。
15年前男性が学校で子守唄を教える映像や10年前の震災時の映像があり、そして今回男性と同郷の若者に出会うなど、不思議な縁で結ばれた物語になっていた。


(クリックして別画面を表示すると、
番組の音声前半が流れます)

カメラを抱えた息子の映像が一瞬だが流された。

息子は只今はスポーツが担当主務。
Mが「見たよ」とLINEを入れたら、オリンピック森会長の辞任や橋本新会長の就任があり、それに今回の編集作業が重なって「怒涛の忙しさ」と返事がきたらしい。

長い間生身の息子に会っていないが、思わぬことで、オンラインで姿と音声に出会うことが出来た。



2021年3月1日(月) ラベル301
冬ごもり 終了
晴れて少々暖かな日でも、2月一杯は「只今冬ごもり中」として外仕事は一切しなかったのだが、月が変わってその冬ごもりもお仕舞である。

幸い、今日は晴れて暖か。
外仕事第1号に着手した。
イノシシ柵の修復である。



1ヶ所は納屋裏の鉄板。雪の重み等で倒れた個所を、板や杭を起こし針金で縛りなおして復旧した。
もう1ヶ所は、昨年8月に新規対応した個所。 こちら→(2020/8/15)
今年は最初から設置をした。

このトタン、元々は雪から窓のガラスを守るために調達したものだが、今や目的が反転して雪対応が不要になったら早速イノシシ用に転用である。

外仕事初日なので無理をしないようにと始めたが、それでも結構時間を要して2時間近くになってしまった。
イノシシ柵の倒れた個所は他にまだあるが、とりあえず今日はこれで終わりにした。