(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

Kの散歩帖
2022年10月31日(月) ラベル1031
初霜
朝、一仕事を終えてカーテンを開け窓外に目をやると、前の田んぼが薄っすらと白い。
初霜か、と考えスマホ(カメラ)持参で急いで外に出てみた。

草の上に目をやるが、最初は霜らしいものが見えない。さては違ったかと思ったが、田圃の上には白いところがある。
霜が降ったに違いないと思い直して、見直すことにした。
場所を変えて仔細に探すと霜の箇所が見つかった。


葉の周辺が白く縁取られたところがあり、霜に間違いない。
今年の初霜である。

近年の初霜を探してみると
 昨年が    こちら→(2021/10/30)
 一昨年が   こちら→(2020/10/31)
となり、
10月末になっている。

一方、それ以前を探すと
2018年が11月2日
2017年が11月5日
2016年が11月7日
こちらは11月なってから降っている。
2019年のデータは備忘録を含めて探してみたがどこにも記録がなかった。

当地における初霜の時期は10月末から11月にかけてのおよそ10日間くらいと考えて良さそうである。
いよいよ冬の季節に入ることになる。



 
2022年10月30日(日)
「秋じまい」の終わり
実は、昨日掲載を予定していた話である。
9月になって始めた秋じまいであるが こちら→(2022/9/2)
ようやく最終盤になってきた。最後の草刈りである。

場所は再生雑地の中で、アサギマダラの飛来を期待して刈り残しをした場所である。
残したのはヨツバヒヨドリという誘因植物。 こちら→(2022/9/11)

アサギマダラが飛来するのは9月中旬から10月中旬までとされ、その時期は大いに期待しつつ、アサギマダラが飛び交う姿を想像したのであるが、結局その姿を見ることが見ることはできなかった。
もはや10月も終わり、飛来は無かろうと刈り残した草を刈ることにしたのである。

その作業をしたのが昨日ということになる。
作業の前に小欄への記載を思いついたので、作業前に写真を撮り作業が終了してからも写真を撮った、積りであった。

ところが、若干、設定に手違いがあって、写真が撮れなかったということになる。
今日再び写真を撮り直し掲載をすることにした。
従ってビフォアの写真はないアフターのみである。


作業時間は1時間あまり。
後「リンドウ特区」など草刈が残っている場所がないわけではないが、「秋じまい」としての草刈りはこれをもってすべて終了になる。

9月から始めてちょうど2ヶ月。年中行事の中では一番大きな仕事かもしれない。
これからは「冬支度」と言う仕事にかかることになる。



2022年10月29日(土)
本日休刊
撮ったはずの写真が撮れていなくて、本日休刊します。
2022年10月28日(金) ラベル1028
公民館が主催する文化祭と文化展 その2
前回の続きである。
前回は こちら→(2022/10/23)
今日は文化展の話。
文化展はほぼ2週間開かれ、今日が最終日であった。
約300点の展示があったと聞く。小さな公民館行事としては盛大なものであった。

一方、Kの展示出品の事だが、
公民館長の話によると、前回文化展が開かれたのは8年前の公民館創立50周年記念の時らしい。
同じものは出せないので、その時の展示品を調べてみた。 こちら→

神岡勤務時代に制作した篆刻作品を出している。
そのことをすっかり忘れていて、今回の展示にこの篆刻を考えたが出すわけにはいかない。
仕方なく、思案の挙句であるが、パソコンがらみの作品を提出することにした。


(下段、奥に見える織物作品はMのもの、
公民館主事曰く「夫婦並べて展示してあげた」
とのこと)

Kの出品。
・「Excel活用入門、改訂版 A、B」
Excel操作の全般を記述したもの。初版は社協勤務時の平成16年に記述したが、その後Excelがリボン方式になり、平成29年(2017年)に改定した。

・「『格安スマホ』のすゝめ」
「格安スマホ」の導入手順書である。一攫千金を狙い販売目的で記述したが家族全員の猛反対に会い、出版は断念。手製のものだけが残っている。平成29年のもの。

・「音声入力のすゝめ」
Google音声入力を使用し、スマホに向かってしゃべりそれをパソコンのWordで編集するという技法を述べたもの。
経緯は小欄に載せている。 こちら→(2020/2/12)
令和2年(2020年)に記述。

今回の展示にあたっては、それぞれのPDFデータを公民館に渡し、データを希望する方があれば分けてあげてほしい旨依頼した。
今回引き上げにあたって希望者があったかどうか公民館に聞くと、1名希望者があったらしい。
欲しいという方があったと聞いて少し嬉しい気がした。

なお、「Excel活用入門」と「音声入力のすゝめ」については、当HP内で閲覧できるようにしている。
 こちら→



2022年10月27日(木)
親ばか
我が家の家族で構成するラインに、只今大津局に勤務する息子から連絡が入った。
息子が撮影した短い動画が、NHKワールドニュースに取り上げられたという知らせである。
元々カメラマンで入局したのであるが、最近はデスクワークが多くこの程度の短いものしか制作できないとぼやきの言葉も添えられていた。


映像の配信先は こちら→
滋賀県にある金勝寺というお寺でヨガの練習が行はれたと言う内容である。
金勝寺は、滋賀県の南西部にあり天台宗の古刹と言う。

動画では映像の下に英語でテロップが表示され、その内容を、辞書を片手に日本語に直すと次のような内容であった。
「金勝寺は滋賀県栗東市にあり、1300年と言う長い歴史を持つ古いお寺です。」
「かつては修験者が修行を積む場所でありました。」
「現在は年に一度ですが、修行とは異なる様々な催しが行われます。」
「その一つで、地元の観光当局がヨガの教室を開催しました。庭園の静かな魅力がヨガ教室を盛り立てます。」

2分弱の短い動画であったが、降り注ぐ光は柔らかく、それを受ける景色も穏やかなものになっていた。
なんとなく、ほのぼのとする映像に仕上がっていた。

と、賛辞を呈するのは親の欲目。
親ばかの一端を述べさせてもらった、という次第。



2022年10月26日(水)
紅葉始まる
今朝の2階自室から見た窓外の景色。
紅葉が始まった風が見える。


右手前がウラジロノキで左側先がヤマボウシ。
遠景の山々は、まだ緑が残るとはいえ、夏の深緑から見ると色がかなり変わっている。

もはや秋本番。
すぐに、錦秋の形容がぴったりする景色の時期が来る。
一年で「里庭」が最も華やぐ時でもある。



2022年10月25日(火)
本日休刊
2022年10月24日(月) ラベル1024
フィッシング詐欺にあいかけた
少し以前フィッシング詐欺に会いかけたことがある。
アマゾンを語るメールであった。
今回も昨日付で同じメールが届き、自分への戒めを含めて掲載することにした。


届いたメールは上図で左側のもの。日付は10月12日となっている。
普段からアマゾンはよく利用するので、購買の都度メールが届き、見ずとも内容が分かるのでほとんどメールを開けることはない。

ところがその時は何も買った覚えがない。覚えがないのにメールが届いたのはなぜだろう、とメールを開ける気になった。
開けたところ思いもかけない内容である。
「支払方法に問題があり、プライム特典が利用できないと」とある。
少し前、楽天のクレジットカードで不正使用に会いかけて こちら→(2022/9/18)
こちらは本当の出来事であったから、今回のメールも本当の出来事と思った次第である。

メール内容を確認したが不審に思えるところはない。
「支払方法を更新する」ボタンを押して、次々に現れる問いに答えを入れた。
パスワードも入れて、手続きを終えた後である。

「これはフィッシング詐欺では無いの?」と、ふと心をよぎったものがる。
確認してみようと思い立った。
メールタイトルの「お客様の支払方法が承認されません」の言葉を入れて検索すると、「これは詐欺」という警告文がいくつも見つかった。 例えば こちら→

失敗したと後悔したが仕方がない。
処置としてパスワードを更新し、購入データも確認した。今のところ異常な購入データは現れない(非表示にの購入データも含む)。

今回の小欄記載に際して、他に不審メールは入ってないかの確認をしてみた。
違う形式のものが見つかった。メールの日付は10月3日となっている。(写真右)
こちらのタイトルは「お支払い方法の情報を更新」となっていた。
検索してみると、やはりこちらも詐欺であった。 こちら→

メールを削除していない9月以降で調べてみると、これらのアマゾンを語る不審メールが合計4通入っていた。
今後も用心が肝要であると、自戒した次第である。


不審に思うときは「メッセージセンターで確認」を心がけることとする。



2022年10月23日(日) ラベル1023
公民館が主催する文化祭と文化展 その1
世相が「ウィズコロナ」に向かいつつあるのも影響あるであろうが、この4月から公民館主事が代ったという影響もあろう。
公民館活動が活発化しつつある風が見える。
今回の催しもその一つ。地元公民館主催で「文化祭」と「文化展」が開催された。


今日は文化祭の話題。
公民館前の広場では、寿司やお餅など食べ物を売る屋台がでて、また、金魚すくいやすすきの穂でフクロウを作る体験場などが開かれる。
一方、午後からは「ステージ発表」。地元の団体や有志が、持ち前の技を披露する。

この「発表」に、K、Mとも参加した。
Kは毎週水曜日に開かれる体操教室のメンバーとして、Mは八色石集落女性連で構成される「銭太鼓グループ」のメンバーとしてある。なおMは「体操」の方も応援で出演し、都合2回出演した。

体操教室の方。
毎週開かれるが、Kの参加率は7割程度かもしれない。
これまで10年近くこの会の講師役を務めていた人が今年8月不慮の事故で亡くなり、その後を継いだ女性講師役が、前任者の意思を繋ごうと、今回の出演を立案した。
体操教室が行われる際、運動の前に必ず歌を歌う。替え歌で「ボケない小唄」「ボケます小唄」「年を取るってどんなこと」の3つ。これを披露することになった。
派手な色のTシャツを着る事や後ろの横幕は、女性講師と今回急に応援が決まったMの発案によるものである。
派手の演出が功を奏し、歌も熱演で拍手を受けた。


「銭太鼓」の方。
これは長年集落女性に受け継がれていたもの。Mは当地に越してまもなく入会した。
以前は定期的に練習していたが、コロナ発生以降は練習が中断されていた。
今回は集中的に練習して参加した。
長い歴史に裏打ちされているので、こちらの出来栄えは格が違う。
堂々と演じきった。

秋の日の出来事であった。
文化展の方は次回に回す。



2022年10月22日(土)
瓜二つの机 生産地はどこ
NHKの番組で「新日本風土記」というのがある。
録画をかけておき時間のある時に見る。今回放送されたのは「松江」。

Kは先に一人で見て、後日Mと二人で見た。
二人で見たときの話である。
ある程度画面が進んだ場所でMが突然「これまでで何か気付かなった?」と問いかけてくる。「何もなかった」と答えると「私はピンときた。少し巻き戻してという」
松江の話題がいろいろ紹介されるのだが、小泉八雲記念館のところまで戻り、その部分を再生する。「どう?」とM、「わからない」とK。
それでは、「私が言うところで止めて」というのでその操作をしたら、記念館内部の映像で、八雲が長男に買ってやったという机が展示されている部分で画像を止めさせられた。
「これで気付いた?」とM。まだわからい。「濡れ縁において食事台にする机」と言われて、ようやくその品が頭に浮かんだ。
映像には、我が家にある机と瓜二つの机が陳列ケースの中に収まって写っていた。
という経緯である。

その我が家の机であるが、調達先は以前住んでいた神岡の焼却場。Mが取得した。
かつて神岡に住んでいた折、友達と絵の材料として空き瓶探しに焼却場に行くことがあったという。
その焼却場の片隅に引き出しのない小さな机が捨てられていた。妙に惹かれるものを感じたらしい、「貰えないか」と職員に問うと「欲しいものがあれば持ち帰ってよい」といわれ持ち帰ったといういきさつである。

その後Mが引き出しを作り直して使い続け、帰郷時には持ち帰り、今は8月に新作した濡れ縁で食事をするときの台として使っている。
大きさが小ぶりで丁度良いのである。

比べてみようかということになり、濡れ縁から机を持ってきた。


テレビの前において比べてみる。大きさは不明だが、足格好を含め形状が全く同じと思われる。
小泉八雲が長男用に買ったと同じ形に間違いない、と判断することにした。
これまで粗末に扱ってきたが、急に貴重な品と思はれ始め、Mは「も少し大事に扱う」ともいう。

話が、机の製造先に及んだ。
「足の形が飛騨家具に似ている。神岡で拾ったのだから飛騨かもしれない」とM。
「飛騨産の家具が島根に?」と不思議がるK。
その時は結論に至らなかった。

今回小欄記載を機に、経過を調べてみた。
まず八雲の方。
1850年生まれ。
日本に来たのは1890年(40歳)。松江滞在は1890〜1891年の1年間。
以後熊本。長男誕生は1893年(43歳)。以後3男まで誕生。
1894年神戸に転居。
1896年日本に帰化。小泉八雲と名乗る。上京し、東京帝大講師就任。(46歳)
1905年「怪談」を出版。病没。(54歳)

となると、長男の年齢で3歳以降は東京に住んでいる。
八雲がこの机を買い求めた場所は東京であろう。長男が仮に5歳とすると1898年、明治31年のことになる。

一方、机の方。
飛騨は「飛騨の匠」として長い歴史があるが、それは主として木彫りのことらしい。
西洋家具の生産地となったのは1920年(大正9年)が初めてのことで、今の飛騨産業の前身の中央木工という会社が創業し始めたのが起源という。
余談だが昭和40年に「暮らしの手帖」が取り上げて爆発的に売れ始めたらしい。

以上の経緯を踏まえると、八雲が長男向けに飛騨産の机を買い求めることは出来ないことになる。

もはや、これ以上机の生産地探しは無理と思われ止めることにした。

ともかく瓜二つの明治中期に製作された机が、時を経た今、島根の八雲記念館と八色石集落の我が家という二つとも「八」の字のつく場所に鎮座するという現状に間違いない。
誠に妙な因縁ではある。



2022年10月21日(金)
怒涛の一日
朝起きると今日の予定を思い描くのがほぼ習慣になっている。
今日は、午前中に昨日準備した草を焼き、午後は2時過ぎに家をでて宇都井駅に向かいSさん一行と会う予定。
比較的のんびりした一日になろうと予想した。

Sさんは、小欄に 今年9月4日に登場いただいている。 こちら→(2022/9/4)
この記事中に「一昨日電話が来た」としているが、電話の内容はこのテレビ出演の話のほかに、「10月に島根に行く予定ができた。その折、我が家に寄るかもしれない。一行は4名である。」旨の内容も含まれていた。
喜んで待っているとして電話を切った。

その後、1、2度、電話やメールでのやり取りがある。
最後の電話で、「スケジュールの関係で我が家には寄れない。最終の行程表をメールで送る」と結論がでた。

最終行程表によれば、来るのは10月20日から22日の間。熊本、福岡、島根に来る行程。「日本ロストライン協議会視察研修」の名目があるので鉄道廃線に係わる事柄らしい。
島根では「天空の駅」と呼ばれる旧宇都井駅見学と松江でシンポジュウム参加となっている。

Kの今朝の予定で、「午後宇都井駅に向かう」のは、このような過去の経緯に基づいているのであった。

そして今日である。
着信記録を見ると9時2分になっている。Sさんから電話が来た。
「予定がキャンセルされた。今、新幹線の中。貴方(我が家のこと)に向かいたいがよいか。広島でレンタカーを借りて向かう。着くのは12時過ぎになる。昼食は要らない」といういきなりの内容であった。
外にいたMに声をかける、「大変なことになった」と。

K、M、二人での会話。
「昼食は要らないというが、そうもゆくまい。コンビニでおにぎりでも買ってきてもらって、後は準備しよう」ということになった。
Sさんに「おにぎりを買ってきて」と電話を入れて、あとは大騒ぎである。
Mは食事や食後の準備。Kは会場の準備など。
幸い、今日はこの上ない秋晴れの好天。会場は”屋外迎賓館”としている「二合庵」前にしつらえた。

一行は電話の話通り、12時過ぎに到着となった。
Sさんとは久しぶりの対面。少し年取った感じがした。
「アナゴ弁当を買ってきた」という。


30分程度、里庭内を案内して昼食をとる。
会話はもっぱら神岡の話。昔の話になったり、現在の話(変貌ぶり)に戻ったり、など。
あっという間の時間が過ぎて、2時前、次の目的地三次市に向かって、一行は出立した。

一行が去ってのちの二人の会話。
「3時間で、よく間に合わせたね」
「怒涛の一日になったね」

朝起きて思い描いた予定とはほど遠い、極めて多忙な一日を過ごしたことになる。

補足;一行に本記事掲載の許可はとっておいた。



2022年10月20日(木)
明朝の草焼き準備
またしても「秋じまい」の話である。
「秋じまい」の通常は、午前中に草刈りを行い午後に草焼きをする。朝露で濡れた草が乾燥してのち行うためにこのような形になる。

ただし、「秋じまい」が終盤になれば、そういかない場合が生ずる。
草焼きは草刈り後数日たって草の乾燥を待ってから行うため、この間に数日の間隔があく。
したがって、焼く場所ばかりが残り、草刈りの場がない。
という状況である。

今日がこんな状況になった。
午前中は、「再生雑地」で刈り残しがあった個所の草刈りをした。これで「雑地」の草刈りは完了である。
午後は「義衛台」の草焼きである。
さて明日は、と考えると、焼く場所のみが頭に浮かび刈る場所で急ぐところがない。

そんな折に閃いた。
今のうち、草が乾燥している間に積み置けば、朝露で濡れても濡れるのは積んだ表面だけ内部は乾燥していて、朝に焼くことができる、という思い付きである。


「義衛台」の草焼きを行いながら、「栗の木ベンチ」と「秋の七草通り」の刈り草を、更に下段に位置する「二の畑」に落とし集めた。
草が焼ける合間に、時間を見図りつつ行うのである。
「義衛台」の草の乾燥が十分でなく、焼くのに時間がかかり、そういう意味では都合がよかった。

この間、午後1時過ぎから始めて4時過ぎまで、計3時間を費やした。
午前中の草刈りは2時間である。
合計5時間。
休み休み行うとはいえ、かなりの重労働であった。



2022年10月19日(水)
写真2題
この数日、風もなく穏やかな晴天の日が続いている。

8月半ばから薪作りに着手し9月からは「秋じまい」が始まって、なんとなく多忙感に付きまとわれ、ウォーキングに出かける機会が減っていたが、ここにきて、薪作りは一段落そして「秋じまい」も終盤、ウォーキングに出かけることが多くなってきた。

今日は午後4時過ぎからウォーキングに出た。
秋の日はつるべ落とし。夏なら日盛りなのにもはや夕べの雰囲気で日が傾き始めた。

帰り道、母屋が見える位置まで帰ってきたら、西に位置する山の影が東に位置する山に写っている。しかも山の頂きが両者ぴったり重なっている。
このタイミングに出会わすのは珍しい出来事、と一枚写真に収めた。


そして夕刻、6時前。外は暗くなり始めた。
2階自室にいて、カーテンを閉めようかと窓外に目が行くと、すでに沈んだ日の残りが山端に映えて明るく光り、神々しい雰囲気。
これも秋の良い天気の日しか見られぬ光景、と写真に撮ることにした。

少し余談だが、最近はカメラの性能がすこぶる良い。それはスマホで撮る写真でも言われることで、撮った写真は人間の目に見えるものより明るく撮れる。
今回もそうで、最初普通に撮ると景色が写り空は真っ白、空の光の綾を写真に収めるためには若干苦労をして撮ることになった。

秋の日の小さな出来事である。



2022年10月18日(火)
久しぶりの我流鍋
夏の間は鍋の材料が、トマトやナスあるいはシシトウなどの夏野菜となるが、もはやこれらの夏野菜が採れなくなった。
今は野菜が端境期である。

Mが白菜を買い求めてきたので、白菜が使える鍋をすることにした。
で、思いついたのが「我流鍋」。

随分長いこと作っていない。今年になっては初めてかもしれない。
以前はしばしば作っていて、小欄に何度か登場している。 一番古いのが こちら→(2018/2/26)

久しぶりで作り方を忘れていて、この記事を一読してのち作り始めた。


今日の動物性食品は鳥と焼きフグ。
鳥はレシピ通りフライパンで焼き最初に、焼きフグは刺身になるほどなので最後に入れた。

後は煮るだけ。

いよいよ鍋も冬バージョンである。



2022年10月17日(月)
ようやくゲット マイナポイント
10月10日に入金されると承知はしていたが、先のことで忘れていて、それをこの度思い出し確認した。
政府が主導するマイナポイント、第2弾の事である。
間違いなく付与されていて安堵した。


Kの場合、マイナンバーカード設定にによる5000ポイントはすでに受領済みで、今回取得できるポイントは15000ポイントである。
上記の15146という数字は、元のポイントが146残っていて、それに付与分15000がプラスされたという結果をしめしている。

今回のマイナポイント取得もかなり苦労した。
手続きをしたのは8月の事である。 こちら→(2022/8/25)
すぐに付与されるかと思っていたがなかなか付与されない。
調べてみたら、Edyの場合10月10日に付与されると分かった次第。

一方、思わぬトラブルにも遭遇した。
Edy機能が搭載されたクレジットカードが不正使用されかけ、クレジットカードが使用不可になったのである。
一緒にEdyも無くなってはマイナポイントが受領できなくなる。どうするの、という心配事であった。
 こちら→(2022/9/18)
クレジットカード機能は失せてもEdy機能は残ると知って安心したものであった。

そんな経緯を経て受領する15000ポイントである。
徒や疎か(おろそか)に使ってはいけないと、自分に言い聞かせたのであった。



2022年10月16日(日)
野芝の種の採取 その3
前回の続きになる。 こちら→(2022/10/4)

この前、穂を始末せず残しておいた。
以前ほど厳密では無いが、その後も晴れれば覆いをとり、降りそうな気配なら覆いのままで日を過ごしてきた。
もはや潮時と考え、この度採取を試みた。
採取法は前回と同じ。


採取後の穂は未練を残さないよう焼却炉で焼いた。

余談ながらこの炉は15年前にバーベキュー炉として制作したもの。 こちら→
今では完全に焼却炉に化している。
最上部のモルタルで一部なくなった個所もあるが、今も問題なく稼働している。

本題に戻ろう。
採れた種は前回の半分程度。
この前のガラス瓶に一緒に詰めた。

後は種まきし発芽実験である。
ただ、当分先の話。



2022年10月15日(土) ラベル1015
秋祭り
10月の第3土曜日は集落の秋祭りである。
参詣者は参道にあたる階段(総数444)を掃除しながら境内まで上るのが習わしである。


年々歳々同じことが繰り返されるのだが、少しづつ変化も混じる。

今年8月、Kより若いFさんが不慮の事故で亡くなった。
Fさんが参道を上る時は、金属製のレーキをもって階段の最上部まで直上する。最上部は傾斜が緩やかになって階段の幅が広くなるのだが、この部分に張り付いた木の葉などをレーキで掻き落としていた。
Kはこれまでは柄の長い箒をもって行き、やはり直上、Fさんの後の掻き残った細かなごみを払っていた。
今年は、KがFさんの代わり。レーキをもって直上し、掻きはらった。
Kがやっていた細かなごみの払いは誰かがやってくれたのだろう、祭典が終わり帰りに見ると、きれいになっていた。

もう一つ新たなことがあった。
集落の若者が、学校卒業後他県に就職しそこで結婚。この度、その若者がお嫁さん帯同で集落にUターンした。
今回の祭りに、若者の母親がお嫁さんと一緒に参詣し、お嫁さんを皆に紹介していた。

そんな集落の小さな秋祭りが催された。

補足;階段のふもとで掃除をし帰宅する人もあって、今年境内まで上った人は15名であった。その中でKが最長老となる。いつまで続けられるかが問題である。



2022年10月14日(金) ラベル1014
失せもの現る
昨年も同じタイトルの記事を掲載した。 こちら→(2021/9/19)
草焼き時に予期せぬ失せ物が現れた、という話題。
今回も同じ主旨であるが、今回失くしていたものは老眼鏡である。

失くした日ははっきりしていて今月の6日。
午前中に公民館に行きグランドゴルフの集計プログラムを移し終え、午後は草刈りをし、夕方になって眼鏡がないことに気が付いた。
夕方から夜にかけて家中探したが見つからず、翌朝公民館に電話した記憶があるので間違いない。

Kの場合老眼鏡は必需品である。パソコン操作は勿論、新聞読みから読書まで、老眼鏡がなければ手も足も出ない。
失くした以降は、致し方なく、その前にあつらえた度の薄い眼鏡で代用し我慢していた。
我慢していたのは、今日所用で広島まで出ることが分かっていて、その折調達しようと考えたからである。

さて今日、予定通り広島に出た。所用が予想より早く終わり、その帰途である。
県北の街の眼鏡屋に寄った。失くした眼鏡もこの店で調達した店である。
それから随分日が経った。
今回寄ると、少し状況が変わっていた。
眼鏡を製作できる技術者が常勤ではなくなったという。水曜日と土曜日しか新規製作は出来ないらしい。
致し方なく、家路についた次第である。

家に着いたのは4時前。まだ日が残っている。しかも風のない、暑いくらいの好天。
昨日し残した草焼きをすることにした。

道具一式を用意して作業に向かう。
昨日に比べると乾燥がかなり進み、焼きやすい。
そんな折、ふと思い出した。
そういえば、眼鏡をなくした日に草刈りを下のはこの場所であった、と。
まさか、見つかることは無かろうが、万一ということもある。
少し慎重に草集めをしよう、と思い始めた。

その直後である。草を掻き除けた跡地に何か赤いものが目に入った。
まさかの、老眼鏡がそこにあった。
思わず写真に収めて後、拾い上げたわけである。


作業を終え納屋に戻って確認したら、フレームが少し歪んではいるが、使用に問題はない。
ひどく嬉しかった。

それにしても、今日眼鏡屋に技師がいなかったことは誠に幸いであった。
高価な品を求める積りはなかったが、それでも、ガラスとフレームの両方である。最低でも3万円はかかろう。
これをせずして事が済んだということになる。

先の「ひどく嬉しかった」には、これで不便がなくなるという意と、3万円儲かったという、両方の意味がこめられているのである。

余談;なぜ赤いフレームかの謂れである。
今回のレンズをはめていたフレームが壊れた。3、4年前の事である。フレームを修理できないかと、この店に持ち込んだ。修理は出来ないという。
それでは別のフレームをと頼んだら、レンズを削る方向で別のフレームを探す。この場合は数日を要す。あるいは、このレンズに合うフレームを店にあるものの中から選ぶ。これなら当日持ち帰りができる。と答えがあった。
後者を選んでフレームを探したら、この赤色のフレームしかなかった。どうせ我が家で使うだけ。人前にはほとんど持ち出さない。赤でもよい、今日持ち帰ろうと選んだという経緯である。



2022年10月13日(木)
秋じまい 終盤
秋じまいも終盤に入ってきて、母屋に近づきつつある。

雨でなければ午前中は草刈り、午後は草焼きという日が続く。
今日もそうであった。
午前中に「栗の木ベンチ」の草を刈り、午後は「桜台」の草焼きである。

特に午後の草焼きは久しぶりの好天の中で行う。


煙が上がって枝にかかり、それに日が当たって斜めの影ができる。
得も言われぬ光景に出会うときがあって、しばし見とれた。

この場所は6日に草を刈っている。
日も経って普段なら一日で焼き終えるのに、その間の天候が良くなかったので乾燥が悪く作業が残った。
まあ、これも致し方ない。
あるがままである。



2022年10月12日(水) ラベル1012
生存確認メール
1週間まえの事である。
「43年同期近況ご紹介」といタイトルのメールが入った。
昭和43年に三井金属に入社した同期会の世話役S氏からのメールである。

この同期会のことには過去に触れたことがある。
 こちら→(2016/4/26)
 こちら→(2017/4/23)

今回のメール主旨は、「その後コロナ等で同期会が中断している。コロナも落ち着きの様子が見え始め同期会を計画したいが、その前に、同期メンバーの生存確認をしたい。メールアドレスのわかる人全員にメールを配信するので、返信が欲しい。返信方法は近況報告を添え、世話役当て、あるいは該当者全員当て、内容なしで世話役当て、なんでもよい」という内容であった。

このメールが配信された以降、ぼちぼち全員当ての返信メールが入るようになった。
「がん手術を累計10回したがしぶとく生きている」、「昨年81回ゴルフをした」、「現役並みで仕事をしている」、「週に1回は街に出て昼酒を楽しんでいる」、など様々である。

Kも今日返信を全員当てに発信した。
文面は次である。


出来るだけ簡潔に、勤務時を含めた近況報告になるようしたためた積り。
それでも1080字の文章になった。
生涯が1080字に収まるとなれば、愕然としないでもない。

Kが全員当て配信したら、3名分について配信できないとの、通知メールが入ってきた。
世話役が発信したメールアドレス総数は22である。そのうち3名分が配信できない。
差し引き19名の生存は確認できた形となる。

その後世話役からK宛てにメールが入り、前回発信以降新たに2名のメールアドレスがわかり、Kの返信メールをその2名あて転送したとある。

先の19名に追加の2名を加えて、21名の生存が確認できたという形である。
同期入社は42名であった。
となると、5割の生存確認が出来たという結果である。



2022年10月11日(火)
原因は老人性乾皮症
夏のころから足がかゆい。赤い斑点が出来ている。
夏の時期であったから、汗疹(あせも)と思い、手元にある塗り薬を適当に付けて過ごしていた。

そのかゆみが今の時期になっても取れない。もはや汗はほとんどかかないのに、治らないのは不思議と思い始めた。
悪いほうに考えれば帯状疱疹も疑われる。
これは、診てもらわなければと心決めした。

昨日は休日で休診。今日は朝一番で近くのクリニックに行ってきた。

医者はいつもの先生。診察室に入ると「今度はかゆいんですって?」と笑われた。

足を見せるとすぐに「老人性の乾燥肌が原因です」とのたまう。
心に掛っていた「帯状疱疹では?」と訊ねると「違います」との答え。
「保湿剤と塗り薬を出しましょう」
ということで、帰ってきた。


言われた通り対応して様子を見ることにした。



2022年10月10日(月)
初登場 1年延期
今日は「スポーツの日」。各地でスポーツ行事が計画される。
当地域も同様で、公民館が主体となり計画がなされた。
当地はこれまで、「世代間交流」という冠付きのゲートボールが実施されていたが、今年からグランドゴルフに競技種目が変更されるという。

一方、公民館長は毎月行われる「軽スポーツを楽しむ会」の世話人の一人で、Kが制作したグランドゴルフの集計プログラム こちら→(2022/9/6)
のことは承知済みであった。

館長にとっては、渡りに船であったらしい。このプログラムを「世代間交流」にも使いたい思いつかれた。
ただ、「世代間交流」は初めての試み。
参加者の数が予測できず、作成済みのプログラムでは参加者をカバーしきれないことが懸念される。
Kに「参加者を増やせないか」の打診があった。
Kもこの打診の事は予測済み。増員枠の数を尋ねると、「これまでの組あたり5名を7名にしたい」と言われる。
それなら「8名にしましょう」とKが答えて、プログラムの改造が行われることとなった。

2日、数時間かけてプログラムを改造。数日前に公民館のパソコンに改造プログラムを移し終えて今日に至った、という次第である。


(写真右下;
下の用紙が5名枠、上が8名枠)

昨日はほぼ一日雨。今日は雨が上がると予報されていた。
朝起きると、完全には上がっていない。
それでも上がる可能性はあると考え出かける準備をしていたら、7時過ぎに電話がなった。
「完全に晴れないし、寒い。風邪でも引かれたら大変。残念だが中止にします」とのこと。
改造プログラムの出番が1年延びることになった、というわけであった。


余談;
今回のプログラムは、現場での入力の手間を省くため、予め参加の予測者を登録しておく構成になっている。
この参加予測名簿は公民館長が作成するとなって、プログラム改造中にExcelデータで届いた。
このデータをプログラムに取り込み、フリガナを抽出しようとしたら、理由がわからないのだが、フリガナがどうしても抽出できない。
再度手入力も覚悟したが120名の名簿である。
何とかならないかとネットを探したら答えがあった。 こちら→
紹介されている「setphonetic」メソッドを利用する法を試みたらフリガナが抽出できた。



2022年10月9日(日)
夏の空気
今年の7月から8月初旬にかけてPC用のデスクを製作した。 こちら→(2022/8/4)
その最後の工程で、仕上げにMが採りためていた柿渋を塗ったのである。
1升瓶に貯めてあった柿渋をを小分けするのに、手頃のものが見つからず傍にあった4リットル入りのウイスキーペットボトルを流用した。
塗り作業は2日かけ、柿渋が少し残った。
残った柿渋は、1升瓶に戻せばよいものを横着して納屋の作業台の脇にペットボトル入りのまま放置していたのである。

そして今日である。
あることに気が付いた。ペットボトルが妙に凹んでいた。


一瞬きょとんとしたが、すぐに合点がいった。
ペットボトルには夏の空気が詰められたままなのである。
仔細に言うと、備忘録を振り返り調べた結果では、8月1日の午後3時ころの空気である。

空気は温度が下がると縮む。
200年あまり前、フランス人のシャルルという人が見つけた結果では、温度が1℃下がると空気は1/273ほど縮むのである。

ついでであるから、温度も調べた。
塗り終えた8月1日の温度と写真を撮った今日の温度である。


8月1日が34℃、今日が15℃。19℃下がっている。

ペットボトルの中の空気がどれほど縮んだか計算すると
 19×(1/273)×4000=278
となる。

8月1日の夏の空気が278cc縮んだ結果、今日のような凹んだペットボトルになったのであった。
なんだか愛おしい気がして、ペットボトルが捨てられなくなった。
来年までとっておいて、元の形に戻るか見てみようかと思い始めている。

余談だが、ウィスキー用のペットボトルは特殊な素材で出来ていて酸化しないように出来ている、と聞いたことがる。
なるほど、酸化せず空気も漏れず、よくできていると感心した。




2022年10月8日(土)
本日休刊
Mの実家母が緊急入院した。
早期回復を願って本日休刊とします。
2022年10月7日(金)
絶品枝豆
Mが作っている豆の話。
丹波の黒豆と大豆がある。昔は小豆も作っていたが最近は止めたらしい。
黒豆は正月にお節の黒豆にするのが目的であるが、多めに作付けし知人におすそ分けもしているらしい。
大豆の作付けは黒豆の1/4程度であろう。

その丹波黒豆であるが、種を友人からもらい受けこの10年ばかり植えている。
成長し終えると名前の通り黒豆になるが、成長中途は、緑色から少しづつ色が付き紫色を呈する時期がある。
只今の時期がその成長中途である。

この時期にこの黒豆を枝豆にして食べると、これが絶品なのである。
若干甘みもあり味が濃厚。
誠に美味しい。
数年前にこの事実を承知し、以後毎年この時期に楽しみにして食べる。
ちなみに、数日前Mが大豆を採ってきて枝豆として食べたが、味はこの黒豆に遠く及ばなかった。


今日はKが夕食当番。
この枝豆のことを思い出し、夕餉の一品に加えることにした。
畑から採ってきて、むしって茹で上げるまでに30分とかからない。
新鮮度この上ない一品である。

昨年猿に荒らされたのもこの丹波の黒豆であった。
 こちら→(2021/10/6)
 こちら→(2021/10/9)

今年は今のところ、猿は出ていない。



2022年10月6日(木) ラベル1006
「清左衛門 残日録」
好みの作家である藤沢周平の小説に「三屋清左衛門 残日録」というのがある。
その小説は何回か読んだ記憶があり、本は未だ手元に残っている。

NHKはこの小説をドラマ化した。ドラマのタイトルが「清左衛門 残日録」という。
仲代達也が主人公で、主人公の嫁に南果歩が出演している。南果歩が初々しい。
今回小欄を記すあたり、NHKの放送史を探したら出てきた。 こちら→
放送年が1993年(平成5年)とあるから、ほぼ30年前に放送されたものになる。
Kはこの時49歳。好んで見た記憶が残っている。

時がたってその後、このドラマをDVD化した記憶もある。
我が家がDVD録画装置を購入したのは2006年(平成18年)であった。

1年位前の事と思うが、このDVD化のことを思い出し、DVD保管箱から探し出したことがあった。
DVD5枚に残されていた。
DVD番号80〜84とあり、DVD台帳では2008年に作成とある。


DVDの内容を仔細に見ると
DVD-No.80 にドラマの第2回と第3回が収録され、そして「ビデオテープの再録画」の注記があり、残るDVD81〜85に第4回から最終回の第14回が記録されていた。これらには「再録画」の記載がない。

以上の事実からこのドラマのDVD化の経緯を推測すると次のようになる。
2008年に、このドラマが一括再放送された。
この事実にKが気付いたのは、再放送4回目以降で、以後毎回録画しDVD化した。
しかし、第3回以前のデータがない。
一方、それ以前に撮り貯めていたビデオテープの録画があり、それを探すと、第2回以降が存在する。
よって、第2回と第3回のみビデオテープから引き出してデジタル化し、DVDに収めなおした。
ということになる。

それはそれで良いのだが、第1回がないのはいかにも残念であった。
通常第1回にドラマのその後の展開を予測する情報が盛り込まれる。その第1回がなくては収録DVDの価値が半減する。
なんとか第1回の放送データが手に入らないかと思い始めた。
古い放送のデータはNHKオンデマンドに収録されている。オンデマンドを探したが、載っていなかった。
YouTubeに載っていることもある、とYouTubeを探したが、こちらでも見つからなかった。

そのまま時がたち、数日前の事である。
再び「第1回」のことを思い出し、再度探してみた。
オンデマンドにはない。
ところがYouTubeに載っていたのである。 こちら→
ただし、ドラマは10分程度に細分化されている。第1回は8分割されていた。

それでも良い。
8回分を取り込み、 こちら→(2020/9/13)
つなぎ合わせて、 こちら→(2022/4/7)
DVD化した。 こちら→(2020/12/26)
思い出しながら行うわけで、2日掛の作業になった。(上記写真、右黄色印)
DVD番号はその後も連番が続いていて、548となる。

以前YouTubeで出なかったものが今回見つかったのにはわけがあって、投稿者がこのドラマをアップしたのは今年の5月以降のことらしい。

ともかく念願がかない、全部揃って安堵した。


余談だが一昨日の新聞にDVDの宣伝広告が載っていた。


DVD6枚で16500円とある。



2022年10月5日(水)
イチイの木
今日は所用で草刈りができなかったので昨日の話。
秋じまいもかなり進んで母屋に近づきつつある。

昨日草刈りをしたのは「元竹」と名づけた場所で、元竹林があった場所(「竹林跡」という)より更にしたになる。
竹林を絶やす前に孟宗竹を始末した場所で「元竹」と称している。

この場所に神岡から持ち帰ったイチイの苗を植えていた。30センチメートル位の小さな苗である。
なかなか大きくならず、注意して草刈りをしないと、草にうずもれ草と一緒に刈ってしまう恐れがある。
それを防ぐため、割竹などを傍に立てて目印にしていたほどである。

それが今回草刈りをして気付いたのだが、急に大きく見えてびっくりしたのであった。


2本植えているのだがいづれも1メートル程度になっている。
びっくりして写真に収めたという次第であった。

飛騨地方では、イチイは「飛騨の一刀彫」の材料として用いられ珍重される木である。
そんな謂れから、苗を持ち帰った経緯があった。

大きくなりにくい木で木目が詰まり、一刀彫の材になるもので、物になるまでは100年かかるともいわれる。
今回大きくなったとはいえ、これから先はまだ長い。
持ち帰って20年であるから、あと80年はかかる。

80年先に幹の太さが50〜100センチメートル、高さ15メートルのイチイの木が立っている姿を想像するのも愉快である。



2022年10月4日(火) ラベル1004
野芝の種の採取 その2
前回の続きである。 こちら→(2022/9/26)
その後、夜間や雨が降りそうなときは覆い、晴れの昼間は覆いを外して乾燥を続けてきた。

いつまで続ければよいかの答えは持ち合わせていない。
ただ今日の午後からは雨との予報があって、もはや頃合いと判断し、今日の午前中11時から種取りを行うことにした。

穂から実を外すには衝撃が必要と思われる。
木槌か何かで叩くのが一番であるが、未だにばね指の症状が右手に残っていて こちら→(2022/8/24)
叩くと痛い。やむを得ず脚で踏みつけることにした。


数分踏みつけて後、篩で分けるという方法である。
同じことを2回した。

これら2回分を更に小さな篩で分けて最終の種とする。
保存はガラス瓶がよかろうと、500ミリリットル入りの瓶に詰めた。

目分量で150CC程度の種が取れた。

本来ならこれで終了の積りでいたが、先の2回目の踏みつけで得られた種が思いのほか多かったので、また先で繰り返せば更に取れそうにも思われる。
穂は処分せず、再び覆った。
後日、繰り返してみる積りである。



2022年10月3日(月)
フジバカマの増殖 と アサギマダラ
秋の七草の一つであり、一方絶滅が心配されているフジバカマがMの手によって見事に増殖中である。


フジバカマはアサギマダラの吸引植物として有名で、これとは別の地に生えた花に昨年アサギマダラが飛来したこともあった。
 こちら→(2021/10/15)

そんな次第で、これまでも種を採取して蒔いたりなどの努力を続けていたのだが、うまく成功しなかったらしい。

ところが昨年フジバカマの増殖法を聞く機会があって、 こちら→(2021/10/16)
それによると、播種より挿し木の方が効率がよと聞いてきた。
その言にしたがって今年は挿し木に挑戦したという。
その成果が見事に実ったという経緯である。

アサギマダラの飛来についてはKも若干ながら努力を始めていて こちら→(2022/9/11)
量量相まって、アサギマダラの飛来を待ちわびているところである。

話が少し飛ぶが、実は一昨昨日実家の手伝いの折りアサギマダラが2羽飛んでいるのをMが見つけた。
箱塗りの周辺を数分飛んで、どこかに消えてしまったという光景である。

もし飛来するならこれからが本番。
しかも身近まで到着しているらしい。
期待感が深まってきた。



2022年10月2日(日)
Mの実家の手伝い
昨日と今日、Mの実家の手伝いに行ってきた。
缶ビールつきの昼食と昼寝付き、しかも有料という贅沢な手伝いである。
作業の内容は養蜂用の箱に防腐剤を塗るというもの。

Mの父は昭和40年代から養蜂を営んでいたのだが、平成の半ばに逝ってしまう。
その後を、Mの妹が広島と実家を行き来しつつ継いでいて、それに伴う手伝いという次第になる。

若干話が逸れるが、養蜂時の両親の写真が町の広報誌の表紙に載ったことがあって、それを入手した経緯を小欄に載せたことがあった。 こちら→(2019/8/1)

本題に戻ろう。
養蜂用の巣箱には3つの種類がある。
底のついた本体と、継箱という上下に何もない枠と、蓋の3種類である。
これを洗って汚れを落とし、乾燥後バーナーで表面を加熱して消毒し、その後に防腐剤を塗るという工程で、我々が頼まれたのはその最後の工程である。


有難いことに良く晴れた好天で、朝を過ぎれば暑いほど。日陰を求めて作業した。
塗った後は屋外で数ヶ月曝して、その後に使用される。

塗った箱数は3種類合わせて300箱程度。
昼食や長い休憩をはさんでではあるが、朝から夕方まで立ちっぱなしで少々疲れた感がした。



2022年10月1日(土)
秋の夕焼け
Mが階下から「夕焼けがきれい」と声をかけてきた。
他の作業をしていたので気付かなかったが、声を聞いて窓外に目をやれば、秋の空に夕焼けが広がっている。
スマホをもって外に出ると、空半分が赤い雲で覆われていた。


(左1/4位置にある白い点は月である)

レンズを広角にしても入りきらず、横にずらして2枚に収めた。
上の写真は、その2枚を少し編集してつなぎ合わせたものである。
幅方向でおよそ150度くらい、仰角方向でおよそ70度くらいの画角の面積が写っている。
時間は午後の6時ころ。

昼間の気候は湿気の少ない爽やかな好天であった。
それを受けての夕焼けで、澄んだ色で、久しぶりの夕焼けに気が清々した。

明日も今日同様の良い天気、と予報されている。